この村で、なぜ土鍋が作られるか。やはり粘土が取れるからだと思います。
村の周辺には、大地の圧力で隆起したと思われる山がいくつもあります。そして、地底でゆっくり冷えてできた花崗岩がいたるところに露出しています。この花崗岩が、風化して粘土や釉薬に原料になります。花崗岩があり、粘土が取れる。それだけで、この土地はとても恵まれていると言えます。
こうして、この村では、何世代にも渡り、土鍋が作られてきました。村のお婆ちゃんに話を聞くと、少なくとも200年ぐらいは、続いているようです。
そして今、この村で、高温焼成の陶器を作り始めています。陶工である村の女性たちは、子供のころから粘土に触れているだけあり、本当に気持ちの良いリズムで粘土を扱います。また、毎日たくさんの量を作っているので、ロクロの技術も素晴らしいものがあります。
しかし、食器を作るのは、新しい試みです。まだ、それがどの様に使われるかつかみきれずにいて、どうしても形や重さが曖昧になってしまいます。これから、作った物を自分で使ったり、レストランなどで、どんな料理が、どんな食器に、どの様に盛り付けられ、どんな味がするか、そんな事を少しずつ研究したりしていくことになると思います。
先日、プノンペンの「ロムデン」というレストランに行ってきました。NGOのレストランで、ストリートチルドレンや恵まれない環境にある子達に、味覚や調理の教育をして、その子たちがレストランを運営しています。オーナーはいません。そこでは、クメール料理が、より繊細に、よりクメール料理らしく、盛り付けも工夫され、とても美味しい料理が提供されていました。何よりも、働いている若者たちが、真剣に、生き生きとしていたのが印象的です。
そこで購入した本に、こんな言葉が載っていました。「小さいとき、ハンバーガーを食べることが夢だった。今、それを買うことができるようになって初めて知った。カンボジアの食事の方がずっと素晴らしい、と」。ここで働いている若者の言葉です。
村の若者たちも、将来、高温陶器で生計を立てられるようになったとき、今まで続いてきた、土鍋作りに誇りを感じてくれたら嬉しいです。いつか、こんなレストランで村の陶器が使われる日がやってくるでしょう。
北村工さんは、栃木県・益子在住の陶芸家。素焼きの鍋で知られるコンポンチュナン州オンドン・ルッセイ村で、村の陶工たちに釉薬を使った陶器製造技術を伝える専門家として同州に滞在中です。村には、栃木県益子の国際陶芸協会の支援などで完成した登り窯があり、それを活用する形で日本財団の「カンボジア伝統陶器プロジェクト」が2009年に開始されました。北村さんは、岩見晋介さんに続く2代目の長期滞在専門家です。
2011.2-3月号(第51号)掲載