通訳という職業柄、私はカンボジア人を連れて日本へ行く仕事が頻繁にある。5 年前から日本政府の発案で始まった東アジア地域の青少年を対象とした国際交流プログラムでは、一度に10 ~ 30 人、多い時では60 人のカンボジアの高校生や大学生、若手の役人を率いて日本で1 週間、交流や視察、研修をして帰ってくる仕事をしているし、JICA や民間団体の依頼でカンボジア人の日本での技術研修の通訳やコーディネートをしたりする。特にこの5 年間の日本とカンボジアの行ったり来たりといったら、そりゃあすさまじい。ざっと数えても数百人のカンボジア人と一緒に、日本で交流、視察、研修をしながら、日本の文化や生活様式、仕事の仕方などを伝え、そして技術や知識を身に付けて帰ってもらった。それはそれは、意義のある充実した仕事だ。しかも、最初はタダで日本に行けてラッキー! なんて思っていた。だけど、今思えばその代償もしっかりと受けている。この5 年間でホントに増えちゃいましたよ、白髪。相当量……。
そんな身をすり減らすような、過酷な、それでいて意義ある公的な仕事に加え、私が責任者として実施しているコンポンチュナン焼のプロジェクトでも、日本研修が行われている。この6 ~ 7 月にも4 人の陶工を1 カ月間焼き物漬けにするプログラムを組んだ。公的な機関で働いている人には、そういうチャンスは比較的めぐってくる確率が高いだろうが、コンポンチュナンの片田舎の村で生活する陶工たちにとって、日本で学べるチャンスは本当に一世一代の出来事だ。
ろくろを回し、器を作り、新しい技術に挑戦して知識を増やしている彼女たちは、日本に来たことに動じることなく、当たり前のように普通の作業をこなしているように見えるが、胸中いろんなことを考え、そして感じているのだと思う。後半の沖縄での研修の歓迎会で、いつもクールなナラーがこう言った。「私、なんて幸せなんだろう……」
誰に対して言うでもなく、彼女はポツリとその言葉を発した。私はそれをこの耳で、聞いたのだ。それは、彼女の心の声だったのかもしれない。上向き加減で目を宙にやり、そんな言葉を発した彼女を見ながら、私は思った。彼女のこの幸せな気持ちを日本という夢の世界に来たことで終わらせるのではなく、自分の生活での、仕事での実感に変えて未来につなげられるよう、彼女たちを支えそして押し出してあげなければって。改めて自分の役割を感じさせる言葉だった。
私たちが目指しているのは、陶工として生きる彼女たちの幸せの形。でも実は、それは彼女たちの子供の世代、その孫の世代の幸せをつくる、その基礎づくりに過ぎない。本当の幸せの実感は、その基礎の上で未来を生きる人たちが幸せだなと感じてくれた時に得られるのだ。
このプロジェクトだけでなく、ほんの1 週間の交流プログラムでも、1 カ月や2 カ月間の技術研修プログラムでも、それに参加したカンボジア人はみな、ナラーのような「ため息まじりの言葉」を発している。日本に対する畏敬の気持ちと、自分がそこで学んでいるという幸福感、これから自分の国でそれを活かしていこうという意気込みと、子供や孫へそれを受け継ぎ伝えていかなければならないという遠い未来への想いがまじりあったものが、ため息となって出てくるのだろう。
そんな彼らに私はこう言う。生みの苦しみはあるけれど、何もないところからつくり出していこうと努力しているあなたたちが、100 年後に振り返ってみたら実は一番幸せなのかもしれないよ。だって、100 年後の時代の人たちから感謝される人になるんだもの。それってすごいことじゃない? 100年後の人には絶対にできないことなんだもの。
100 年後に『ニョニュム』がまだ続いているかはわからないけど、もし続いていたらバックナンバーを手にとって読み返してみてほしいと思う。100 年前のこの時代に、その基礎を築く努力をした人たちがいたんだということを、そしてその歴史の上に今の自分たちがいるのだということを知ってもらいたい。
2012.8-9月号(第60号)掲載
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