ワット・コー寺周辺には路上の印刷屋さんが軒を連ねている。実はそのワット・コー寺の近くには元々政府が管理していた印刷所があった。1990年代にその印刷所が廃業して以来、その周辺の路上に数多くの民営の印刷屋さんが誕生していったという。プノンペン都民と各州の人々の日常生活で欠かせないヴェディングレセプションや新築のお祝い、お葬式などの仏教関係の儀式の招待状やビジネス用の名刺など、様々な印刷物を専門にする印刷屋が集まる地域となった。だが、スマートフォンの利用の流行と共にデジタル化が進んできた現在では、路上の印刷屋の商売にも大きな影響が及ぼされている。古くから多くの都民と地方の人々が頼りにしていた路上の印刷屋の現状をご紹介したい。
プノンペンの経済発展と共に近代化し、お洒落な大型の印刷屋が数多くある中、ワット・コー寺の壁沿いとその周辺には結婚式や仏教儀式である「カテン祭」の招待状、駐輪所のチケットや請求書、ビジネス用の様々な印刷物を取り扱う路上の印刷屋さんが軒を連ねている。その中に、「ナリン印刷屋、即時印刷サービス」と書かれた看板が屋台の下に貼ってある路上の印刷屋さんがある。その屋根の下には、様々なデザインが施された結婚式の招待状がたくさん飾ってある。
ヘン・ナリンさん(36)は2011年からこのビジネスを営んでいるという。ナリンさんの家には印刷機材が置いてあり、この店で注文されたものを家で印刷して加工している。路上に店を出して印刷物をぶら下げておくのは、通り掛かった客に印刷サービスがあるということを知らせるためだという。「このエリアは印刷屋が多いため、結婚などのセレモニーに必要な招待状や他の印刷物をオーダーしたい時、多くの人がこの辺りに足を運んできます。このエリアには、我々のように小さな印刷屋にすぎないものもあれば、ちゃんとした会社もあり、あらゆる需要に応じているため、様々な客に認知されています」
2010年ごろまでは、印刷関係のビジネスは非常に人気があり利益も多かったが、その後は売り上げがあまり伸びず、一部の印刷屋は閉鎖を余儀なくされたという。その理由についてナリンさんは次のように語ってくれた。「約10年前は、請求書や駐輪所のチケットなどを注文に来る客の姿がありましたが、今はだいぶ減ってしまいました。その理由は、そういった商売をやるお店やバイクの駐車場などは自らチケットを印刷する電子機材を持つようになったからです。結婚式に関しても、以前は招待客数を決めたら我々のところに足を運んで注文してくれましたが、今は結婚式の招待状をSNS(チャット)で送るようになってきているため、招待状の印刷枚数も削減する一方です。」以前とは異なり、手渡しで結婚式の招待状を渡すクメールの文化に変化が起きているのだという。この業種の先行きについてナリンさんは、将来的に利用者がさらに減り続ければ、商売を続けるのには不安があると語る。
印刷業はテクノロジーの進歩により徐々に衰退し始め、招待状に関しても、人々は他のツールで自分たちの独創性を発揮できるようになっている。新聞や雑誌でさえ印刷物は以前ほど人気がなくなっていると意識しているナリンさん。一方で、以前は地方に印刷屋さんが数件しかなく、多くの人がプノンペンに上京して印刷物を依頼していたが、現在は地方にも数多くの印刷屋さんが誕生し、プノンペンで発注するという需要も減っているという。
そんな中、このワット・コー寺の印刷屋さんがまだ存在している背景について、ナリンさんは次のように教えてくれた。「この周辺の印刷屋さんの多くは自分の家に印刷機材があり、ここで注文を受けたら、たいてい家で家族みんなで印刷しています。でも、中には注文を受けて、印刷機を持っている人に印刷を依頼し、自分たちは仲介手数料だけを得るために店を開いている人もいます。」
ナリンさんは専用の印刷機材を持っており、以前はほとんど休む暇がなく非常に繁盛していたという。だが、今は客が少なく、来客がない日もあると呟いていた。この商売を家族で約13年間運営しており、やめるつもりはないという。「時代の進歩と共に我々の店も何かをやらないといけません。その戦略は、他店よりも安い価格で同じ品質を提供することです。そのお陰で、今までと変わらず信頼し、支え続けてくれる顧客がいます。大型の機材を導入した印刷所では、店内で選べるおしゃれなデザインの結婚式の招待状などの見本が多くありますが、価格的には安くないのです。例えば、私の店では一番上質の結婚式の招待状を一枚0.7ドルの価格で提供していますが、おしゃれな印刷屋へ行くと一枚0.9ドルという違いです。我々は家で家族みなで仕事をしており、人件費と賃貸といった経費を大きく削減できるので、そこが強みです。ですから、大型の印刷屋さんではなく、自分のような伝統的な印刷屋に親しみを持ったお客さんが足を運んでくれます。」
ナリンさんは、客の需要がある限りはこの商売を辞めるつもりがなく、扶養する二人の子供のために家族でこの商売を営みながら歩んでいきたいという。
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