NyoNyum Magazine にて連載しているコラム「アンコール見聞録」
上智大学アジア人材養成研究センター現地責任者として、シェムリアップでアンコール建築に関する研究を行っている三輪悟さんが、アンコール建築の歴史や、遺跡の周りで営まれる生活、カンボジアにまつわるあれこれを綴ります。
今回は、新型コロナとアンコール観光について。
アンコール観光への影響
新型コロナウイルスの世界的な蔓延に伴い、本年2 月に入るとアンコール遺跡群を訪れる観光客数は減り続け、3 月末以降はアンコールワットから外国人観光客が姿を消した。
他方、一度は減少したカンボジア人がクメール正月以降は増え続けるという統計に表れない現象も起きている。
アンコール遺跡チケットⅰ の販売統計ⅱ を見ると、2 月以降の外国人入場者数の減少は顕著である。
本来であれば3 月までは1 年における最大の繁忙期であり観光業は最も多忙な時期である。
減少傾向が止まらない遺跡チケット販売に歯止めをかけるため、2 月25 日カンボジア政府は遺跡チケットの有効期間を延ばす特別措置ⅲ を発表した。
3 月7 日、初のカンボジア人の感染事例(シェムリアップ)が確認されると、市民の間に一気に緊張が高まった。
3 月20 日には遺跡群を管理するアプサラ機構は修復現場の作業員らに感染予防の注意喚起を促し翌日には手洗いのための水タンクを各現場に設置するなど対応は早かった。
この頃から遺跡群においてカンボジア人の市民の姿を見なくなり、併せて土産物屋や露店も姿を消した。
春分の日の2日後ⅳ 、3 月22 日に朝日を見に行くと外国人のカメラマンの姿はほとんどなく、カンボジア人のアマチュアカメラマンが「俺らだけだ」と騒ぐ姿が見られた。
3 月末の数日間はアンコールワットを訪問する外国人、そしてカンボジア人はほとんどいなくなった。
この20 年間に起こり得なかった一種異様な静寂な光景であった。
遺跡内、周辺道路そのすべてから人の姿が消えたのである。
4 月のアンコール遺跡チケットの販売統計を見ると、月間の販売数は654 枚で売り上げは約300 万円であった。
前年4 月の販売数は約19 万枚、売り上げは約9 億円であり前年比99.6% 減でありごく少数が訪れただけで、恐らく観光客というよりも在住者の訪問と考えられる。
特に4 月12日は販売数が最小で5 名が購入したのみである。
夜の外国人観光客の聖地であるパブストリートは3 月末以来、電飾が消えたままである。
他方市内一部のレストランは割引を実施するなどして在住外国人のたまり場となっている。
カンボジア人の新しい動き
3 月末遺跡を訪問するカンボジア人の一般参詣者は大きく減少する一方で、少数の若者や家族連れが自撮り目的で訪れる姿が散見された。
その後4 月のカンボジア正月に前後して訪問者が増え、正月後に再度減少した。しかし3 月末のレベルに戻ることはなく、現在まで増加の一途をたどっている。
4 月以降は家族連れでアンコール詣でする姿が多く見られるようになった。SNS などで外国人が消えた遺跡群が知られるようになり、「遺跡地区なら新型コロナ感染のリスクが低い」という意識が働いたのかもしれない。
もう一方で、マウンテンバイクに乗りアンコール遺跡群を走る若者が急増したことは特筆に値する。
休業等で仕事もなくストレスを溜めたカンボジア人がエクササイズや気分転換のために自転車で遺跡群へ向かうようになったと考えられる。
若い女性だけのグループも多い。遺跡群における「自転車新時代」と言っても良い。
4 月26 日夕刻、遺跡群より戻る車とバイクの行列を目にした。
渋滞なるものに遭遇するのは久方ぶりであった。明らかにこれまでと異なる人の外出振りである。
カンボジアでは新型コロナは外国人あるいは帰国者から感染する面だけに焦点が当てられ、国内感染は広がっていないとの意識が根強い。
4 月中旬より1か月間以上国内での新規感染者が出ていないこともこれを後押ししている。
国内における新型コロナ終息の空気を感じているカンボジア人が大勢を占めるようになっている。
STAY HOME の中でオンライン事業が急伸し、フードパンダなどの食のデリバリーが急激にその数を増やしている。
※
ⅰ:アンコール遺跡群はカンボジア人は入場無料であるが、外国人は有料で、1 日券37 ドル、3 日券62 ドル、7 日券72ドルとなっている。
ⅱ:Angkor Enterprise が統計を公表している。
ⅲ:2 月25 日から6 月25 日までの期間限定で1 日券は2 日間、3 日券は5 日間、7 日券は10 日間有効とする特別措置。
ⅳ:春分の2 日後頃に朝日が中央塔の真裏に昇る姿を見ることができる。カンボジア人カメラマンはそのことをよく承知している。
(この記事は2020年6月に発行されたNyoNuym107号に掲載されたものを再掲しています。文中の情報は当時の情報です。)
上智大学アジア人材養成研究センター(シェムリァップ本部)助教
1997年10月よりシェムリァップ在住。専門はアンコール建築学。NyoNyum89号(2017年6月号発行)より遺跡やカンボジア生活にまつわる本コラム『アンコール見聞録』を連載。
前の記事:
過去の記事
7:死んだカエルと干しガエル
8:アンコールワットの矢ワニ
9:西参道正面北側のナーガ
10:石の穴 あいたり、消えたり
11:遺跡内は犬禁止
12:米価が3倍になる継続性
13:外国人の遺跡入場者数
14:仏人がジャワに学んだ修復手法
15:アンコールワットの睡蓮
16:大阪万博 旧カンボジア館
17:アプサラ機構創設25周年
18:プノンペンオリンピックスタジアム
この記事が気に入ったら
いいね!しよう
最新情報をお届けします
シェムリアップの新しい足「Cambodia Ride」が誕生!
2023.11.22 シェムリアップ
Moi Moi ライフ #70 ニョニュムとともに、転機の年に
2023.11.09 シェムリアップシェムリアップMoiMoiライフ
アンコール見聞録 #39 ニョニュムとの思い出
2023.11.08 アンコール見聞録
<マオマオ・カンボジア⑳>祝☆カンボジア第4の世界遺産“コーケー遺跡”
2023.11.07 シェムリアップマオマオ・カンボジア
Moi Moi ライフ #69 クメールの発酵食文化を世界に!
2023.09.17 シェムリアップシェムリアップMoiMoiライフ
アンコール見聞録 #38 遺跡を上から見る
2023.09.12 アンコール見聞録シェムリアップ文化
<マオマオ・カンボジア⑲>オンリーワンのアニバーサリー旅
2023.09.10 シェムリアップマオマオ・カンボジア
アンコール見聞録 #37 東南アジア競技大会(Southeast Asian Games=SEA Games)マラソン
2023.07.02 アンコール見聞録シェムリアップ
NyoNyum127号特集①:ニョニュム発行人・山崎幸恵が語る「ニョニュムの生い立ち」
2023.11.28 NyoNyumフリーペーパー出版特集記事
カンボジアで最もモダンで最大級のマツダ自動車ショールーム 正式オープニングセレモニー開催
2023.11.08 イベントニュースビジネス
アンコール見聞録 #38 遺跡を上から見る
2023.09.12 アンコール見聞録シェムリアップ文化
カンボジア生活情報誌「NyoNyum126号」発行のお知らせ!
2023.08.31 NyoNyum
アンコール見聞録 #37 東南アジア競技大会(Southeast Asian Games=SEA Games)マラソン
2023.07.02 アンコール見聞録シェムリアップ
NyoNyum124号特集⑤:間もなく始まるSEA Games 2023、その認知度は?
2023.04.27 スポーツ特集記事
アンコール見聞録 #34 遺跡写真館
2023.01.12 アンコール見聞録シェムリアップ
カンボジア生活情報誌「NyoNyum121号」発行のお知らせ!
2022.10.14 NyoNyum文化