NyoNyum Magazine にて連載しているコラム「アンコール見聞録」
上智大学アジア人材養成研究センター現地責任者として、シェムリアップでアンコール建築に関する研究を行っている三輪悟さんが、アンコール建築の歴史や、遺跡の周りで営まれる生活、カンボジアにまつわるあれこれを綴ります。
今回は、「カンボジアの紙幣の図柄」についてです。
紙幣の図柄をよく見ると
左右逆転の謎
2021年現在カンボジアで流通する紙幣には、そのすべてに何らかの遺跡の図柄が描かれている。
恐らく写真から精巧に原画を起こしており非常に写実的で、かつ印刷技術が素晴らしい。
昨年5月にカンボジアの国立銀行が米ドル少額紙幣の受け入れ制限を発表した後、日常利用頻度が低いため忘れかけていたリエル紙幣に接する機会が急増した。
近年最大の謎は、2万リエルに描かれるバンテアイスレイ遺跡の建物である。
紙幣を持ち遺跡内を歩き回っても同じ構図は絶対に見つけることはできない。
その理由は、「建物が左右反転し、かつ水平方向に拡大されているから」である。なぜそのようになっているのかは分からない。
まさかとは思うが、間違えを恐れず書くと、「間違えてしまった?」のだろうか。
紙幣の両面に同遺跡の図柄が複数用いられており、裏面中央の建物以外は全て発見することができる。
どの遺跡の、どこなのか?
紙幣デザインに多く用いられる遺跡の彫刻だが、紙幣に遺跡名は記載しないことが通例であり、仮に遺跡名が分かっても、具体的な場所を特定することは想像以上に難しい。
10万リエル紙幣のガルーダはプリアカン(アンコール)の周壁東面塔門南にある。
紙幣を見るとガルーダ頭部の嘴あたりが破損しているように見えるが、実物は実際には壊れていない。
写真写りが黒ずんでいて作画者が破損と勘違いしたのではないだろうか。
5万リエル紙幣の象はコーケー遺跡群プラサットダムレイ遺跡南西隅のものである。コロナ禍が明けたら是非紙幣を片手に探訪して欲しい。
車種が変わる
先に遺跡に由来する紙幣の図柄を載せた。ここでちょっと話を脱線させることをお許しいただきたい。今回関心を寄せたのは500リエル紙幣である。
2004年と2014年発行のものを見比べると、共通するのは日本の無償援助でメコン川に架けられた絆(きずな)橋である。
興味深いのは路面を走る車種とその変化である。
2004年発行のものにはポルシェのような高級スポーツカーが描かれている。
2014年のものでは日産ジュークと思しき大衆車に変わった。筆者の憶測であり真偽のほどは分からない前提で以下。
当初はかつて経験がない目を見張る発展の途上にあり世界ブランドに憧れ超高級志向を夢見た。
その後10年が経過し発展の成熟と共に落ち着きのある大衆車を描いてみる心のゆとりが生まれた、という解釈は可能だろうか。
皆さんも、リエル紙幣を改めて見つめてみませんか。
(この記事は2021年6月に発行されたNyoNuym113号に掲載されたものを再掲しています。文中の情報は当時の情報です。)
上智大学アジア人材養成研究センター(シェムリァップ本部)助教
1997年10月よりシェムリアップ在住。専門はアンコール建築学。NyoNyum89号(2017年6月号発行)より遺跡やカンボジア生活にまつわる本コラム『アンコール見聞録』を連載。
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過去の記事
7:死んだカエルと干しガエル
8:アンコールワットの矢ワニ
9:西参道正面北側のナーガ
10:石の穴 あいたり、消えたり
11:遺跡内は犬禁止
12:米価が3倍になる継続性
13:外国人の遺跡入場者数
14:仏人がジャワに学んだ修復手法
15:アンコールワットの睡蓮
16:大阪万博 旧カンボジア館
17:アプサラ機構創設25周年
18:プノンペンオリンピックスタジアム
19:新型コロナとアンコール観光
20:聖山クーレンでのキャンプ体験に想う
21:聖山クーレンでのキャンプ体験に想う(続編)
22:統計に見るウイズ・コロナのアンコール観光
23:スラスラン中央寺院(仮称)の復元・再構築
24:新型コロナ一年
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