アンコール見聞録 #34 遺跡写真館
アンコール見聞録 #34 遺跡写真館
2023.01.12

NyoNyum Magazine にて連載しているコラム「アンコール見聞録」

上智大学アジア人材養成研究センター現地責任者として、シェムリアップでアンコール建築に関する研究を行っている三輪悟さんが、アンコール建築の歴史や、遺跡の周りで営まれる生活、カンボジアにまつわるあれこれを綴ります。

 

遺跡写真館

遺跡での伝統衣装撮影が大人気

アンコールワットは緑の芝が映える(2022年10月、以下全て同一)

コロナ禍以降、遺跡で伝統衣装を着て自撮り写真を撮るカンボジア人が増えたことは、本紙116号の本コラムで紹介した。この傾向は今も続いている。

本号では、これと一線を画する結婚式の前撮りとしてのより本格的な遺跡での写真撮影が一大ブームとなっていることを紹介したい。ついてはポイペト在住で国境食堂を営む沙樹さんご夫妻の撮影事例を、ご本人の許可を得たうえで以下紹介したい。

 

撮影の体制と場所

バプーオンでは女性全員が白のドレスだった ※モデルは非関係者です。

10月某日朝8時半から午後5時半にかけて一日みっちりと使い前撮りが行われた。カメラマンらクルーは、写真撮影、ビデオ撮影、レフ版、メイクや衣装の各担当など計7名。使用機材は一眼レフと明るいレンズを揃え、動画用にはジンバルが準備され立派な機材であった。

撮影場所は、アンコールワット、チャウサイテボーダ、アンコールトム北門、バプーオンの4か所。観光客の主要な動線を微妙に外す配慮は、アプサラとの合意事項があることを感じさせた。

 

カメラマンは各遺跡における微妙な構図のポイントを熟知する
アンコールトム北門では、日の落ちる速さに焦りながらも十分なコマ数を撮った

8月初頭、とある記事に一瞬目を疑った。それは、カンボジア政府が「在住歴2年以上の外国人に対して無料の遺跡入場パスを発行する」ことを検討しているというものであった。管見の限り、過去20余年でそのような措置が取られたことはなかった。カンボジア政府としては、プノンペン他地方都市の外国人が、国内を移動し、ホテルに泊まり、レストランで食事することで、内需拡大を喚起する戦略を選択したのである。在住者にとっては、画期的な出来事であり大事件と言ってもいい。

 

衣装のトレンド

チャウサイテボーダでも伝統衣装が用いられた

興味深かったこととして、衣装の使い分けがあった。アンコールワットではこの日20組くらい同様の撮影グループを見かけたが、全員がクメールの伝統衣装を身につけての撮影であった。その後のチャウサイテボーダでも同様であった。対してバプーオンでは5組のグループが同時間帯に撮影を行っていたが、全員が白のドレスだった。

撮影関係者に理由を尋ねると「夕日のバプーオンでは白のドレスが似合うから」という説明であった。そう言われると確かに違和感なく景色に溶け込んでいた。西欧人(=フランス人)がバプーオンの修復を行った史実と、西欧に由来する白いドレスに何らか関係があるのか、他に背景があるのかはまだ考察が不十分でわからない。

 

世界遺産登録30 周年、変わりゆく遺跡のあり方

日の入りのタイミングで絶妙な貸し切り状態となり、撮りながら感動を覚えた。沙樹さん末長くお幸せに!

前号でも紹介したが、本年12月でアンコール遺跡群は世界文化遺産登録30周年を迎える。先に紹介した写真撮影の日は、一日を通して約30組の撮影隊を見かけた。アンコール遺跡があたかも「遺跡写真館」として活用されており、実に幸せな空間となっていることに驚きと同時に深い感動を覚えた。

時とともに遺跡のあり方、使われ方も変容していくことを感じる一日となった。30年後のアンコール遺跡はどうなっているのだろうか?カンボジアの若き感性に期待したい。

注:伝統衣装を着て本格的機材を使用し撮影する場合は、事前にアプサラ機構からしかるべき許可を取得することが必須で、その場合でも外国人は別途遺跡入場チケットが必要になるのでご注意を。

バプーオンがクライマックスとなった

(この記事は2022年12月に発行されたNyoNuym122号に掲載されたものを再掲しています。文中の情報は当時の情報です。)

 

コラムニスト: 三輪 悟(みわ・さとる)

上智大学アジア人材養成研究センター(シェムリアップ本部)助教
1997年10月よりシェムリアップ在住。専門はアンコール建築学。NyoNyum89号(2017年6月号発行)より遺跡やカンボジア生活にまつわる本コラム『アンコール見聞録』を連載。

 

 

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過去の記事

7:死んだカエルと干しガエル
8:アンコールワットの矢ワニ
9:西参道正面北側のナーガ
10:石の穴 あいたり、消えたり
11:遺跡内は犬禁止
12:米価が3倍になる継続性
13:外国人の遺跡入場者数
14:仏人がジャワに学んだ修復手法
15:アンコールワットの睡蓮
16:大阪万博 旧カンボジア館
17:アプサラ機構創設25周年
18:プノンペンオリンピックスタジアム
19:新型コロナとアンコール観光
20:聖山クーレンでのキャンプ体験に想う
21:聖山クーレンでのキャンプ体験に想う(続編)
22:統計に見るウイズ・コロナのアンコール観光
23:スラスラン中央寺院(仮称)の復元・再構築
24:新型コロナ一年
25:紙幣の図柄をよく見ると
26:遺跡修復新時代
27:レッドゾーン指定でついに修復作業がストップ
28:観光の再開
29:変わるもの、変わらないもの
30:クメール正月再び♪(2022)
31:遺跡を空から見てみると
32:統計に見るコロナ禍からのアンコール観光回復度
33:在住外国人への遺跡無料パス発行と世界文化遺産登録30周年
34:遺跡写真館

 

 

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