(日本語) カンボジアだからできることを。アート・デザインで社会問題を解決する【SocialCompass代表 中村英誉さん】
(日本語) カンボジアだからできることを。アート・デザインで社会問題を解決する【SocialCompass代表 中村英誉さん】
2018.12.27

ゴミのポイ捨て、交通渋滞、広がる所得格差……国が発展する一方で、カンボジアには多くの社会問題があります。そんな社会問題をアート・デザインの力で解決しようと活動しているのが、「SocialCompass」というクリエイター集団です。

代表を務めるのは、中村英誉(ひでたか)さん。2014年の立ち上げ以来、製作したアニメーションがカンボジアの国営テレビにて放送されたり、交通マナーの啓発動画がFacebookにて数千シェアされたりと影響力のある仕事を手がけています。

そんな中村さんは、なぜカンボジアで活動するに至ったのでしょうか。そのきっかけや、カンボジアのクリエイティブを取り巻く環境、SocialCompassの今後の活動についてお話を伺いました。

 

中村英誉さんプロフィール

一般社団法人SocialCompass代表。京都造形芸術大学卒業後、イギリスのアニメーションスタジオに勤務。その後日本でアニメーションやiPhoneアプリの制作に携わる。2011年よりカンボジアにて活動を始め、2014年に一般社団法人SocialCompassを設立。

 

きっかけはカンボジアでアニメの力を感じたこと

――まず、現在の活動のような「社会貢献×クリエイティブ」という組み合わせには、カンボジアに来る以前から関心を持っていたのでしょうか?

中村:クリエイターになろうと思ったきっかけから始めても良いですかね。21歳、学生時代に初めてカンボジアに来たときのことでした。当時は映像学科に通っていたのですが、実はその時の夢は戦場カメラマンになることだったんです。

高校生のとき旅行中にたまたま見た報道写真展でロバート・キャパ(※1)やユージン・スミス(※2)の写真に感動したのがきっかけで、大学では写真とかドキュメンタリーを勉強しようと思って映像学科に入ったんです。その流れで大学1年の時は大学の先生と一緒にインドとネパールに。その次の年に行った初めての海外一人旅が、カンボジアでした。

(※1 ハンガリー生まれの写真家。スペイン内戦、日中戦争、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線、第一次中東戦争、第一次インドシナ戦争を取材した20世紀を代表する戦場カメラマン)
(※2 アメリカ出身の写真家。日本で第二次世界大戦や水俣病の取材などを行なった)

 

――初めての1人での海外がカンボジアだったんですね。

中村:そうなんです。しかもアメリカで9.11同時多発テロがあった次の日にカンボジア入りでした。朝起きてテレビをつけるとちょうど飛行機がビルにぶつかるシーンが流れていて、すごくビビりながら向かったんです。

今もそうですけど、カンボジアには「危ない」っていうイメージもやっぱりあって。でも、着いてみると女の子が1人で旅したりしていたんですよ。アンコール・ワットも当時から観光地だったし、意外に怖い場所ではなかった。

中村:夜は真っ暗だったし、地球の歩き方にも「夜9時以降は外に出ちゃいけません」って書いてはいたんですけどね。僕はちゃんと読んでいなかったので、ある晩にお腹が空いてフラっとクイティウ(米麺をスープに入れた料理)屋台に立ち寄ったんです。英語もクメール語も喋れなかったので、指差しでオーダーして。

そしたら屋台のおばちゃんが「What’s your name?」って英語で聞いてくれたんです。「ヒデだ」って答えた後に、今度は僕も「What’s your name?」って聞き返してみた。そしたら、「みさえ、みさえ」って言うんですよ。何を言っているのかなと思ったら、今度は息子を指して「しんちゃん、しんちゃん」って言い出した。

 

――みさえとしんちゃん。『クレヨンしんちゃん』ですか。

中村:そう、「私の息子はしんちゃんみたいにいたずらっ子で、私はいつもみさえみたいにガミガミ怒ってるのよ」ってニュアンスなのかなと思って。僕が日本人だから、知っている日本のアニメの話をしてくれたんだなと思ったら、それでコミュニケーションができたことにすごく感動してしまったんです。それがあって、アニメーションをやろうと思うようになったんですよね。

 

――なるほど。アニメーションを始めようと思ったきっかけはカンボジアでの経験が大きかったんですね。

中村:はい。それから大学の映像学科ではアニメーションを学んで、ご縁があってイギリスのアニメーションスタジオに就職しました。そこでは3年間働いて、子ども向けのアニメーションを作っていて。そのあとは日本に帰ってきて、アニメーション関連のベンチャー企業で働いたりとかiPhoneアプリの開発をしたりしていました。

 

人との出会いでソーシャルビジネスへ

――では、イギリスや日本でのお仕事は、とくに社会問題を意識したものというわけではなかったんですね。

中村:そうですね。日本でも3年働いたあと、知り合いに声をかけられてカンボジアに来ることにしたのですが、そこでも最初の3年間は社会問題に関わる活動はしていませんでした。

戦場カメラマンに憧れていたのもあって、関心はあったんですけどね。日本にいた時は、社会貢献とクリエイティブってあんまり結びつくイメージがなかったんです。でもカンボジアにいると、意図せずともNGOやJICA(独立行政法人国際協力機構)で働いている方と会うことが多いじゃないですか。

 

――確かに、そういったソーシャルセクターで働いている日本人の方は多いですよね。

中村:そういう方たちとお酒を飲んだりしている中で熱い気持ちを知って、一緒に何かできないかなと思うようになったんですよね。カンボジアだからこそできることって何だろうと思ったときに、当時ソーシャルビジネスのムーブメントもあって、社会問題に取り組むっていうのはビジネスの延長でも有り得るんだなと思ったんです。

それで最初に作ったのが、アンコールワットがモチーフの「アンコールワッティー(以下、ワッティー)」っていうオリジナルキャラクターを使った、クメール体操(日本のラジオ体操のような運動)を普及させるための教育アニメーションでした。

(前列左がワッティー。カンボジアで体育教育を改善するための一環で、国営放送で毎朝放送されていた)

――いろんな方との繋がりから仕事が生まれていったんですね。

中村:はい。そのプロジェクトがあって、ワッティーっていうキャラクターが社会貢献の文脈で広がっていきました。JICAと一緒に、リバーサイドにある地下施設で環境啓発のプロジェクションマッピングをやらせてもらったりもしましたね。子どもたちに魚や星の絵を描いてもらって、その場で投影するっていう。今話題のチームラボなんかに近いやり方ですね。

中村:そういう流れがあって、今はデザイン×社会貢献っていうコンセプトでお仕事を頂けています。人件費が安いからカンボジア、っていうビジネススキームは多いですけど、僕はあえてカンボジアを選んで来ているし、僕が面白いと思うことをやっていきたいんですよね。

 

カンボジアのクリエイティブを取り巻く環境の変化

――カンボジアでお仕事を始められて7年ですよね。その間に、デザインとかアニメーションを取り巻く環境に変化は感じられましたか?

中村:すごく変わったと思います。最初の頃は、スタッフを採用する時に「デザイン」という言葉を使ってもわからない人が多かった。でもここ5~6年で、デザイナーになりたいっていう人が本当に増えてきたと思います。

内装とか、ビジュアルにこだわったカフェが増えてきたこともデザインの価値を上げることに貢献していると思う。ただ、大きな美術館がなかったりして、アートやデザインに触れる機会は先進国より確実に少ない。そこはこれからだなと思いますよね。

 

――ソーシャルコンパスには、カンボジア人のクリエイターの方もいらっしゃいますよね。カンボジア人とクリエイティブな仕事をする上で、日本との違いなど印象的なことはありましたか。

中村学校教育の中にクリエイティビティが足りないという課題があると思っています。うちのスタッフに、日本語も英語もよく喋れるカンボジア人の女性のクリエイターがいるんですけど、3~4年くらい前にすごく気持ち悪い、いや、「キモかわいい」キャラクターを作ったんです(笑)。

(確かにキモ……キモかわいい。LINEスタンプを販売している)

中村:これを初めて描いたとき、「何のキャラクターなの?」って彼女に聞いたらすごく言いづらそうにしていたんですね。なんでもいいから言ってみて、って言ったら「実は雪だるまなんです」って答えてくれた。

そしたら同時に、「これは嘘なんです、カンボジアには雪がないから、嘘のキャラクターだから言いづらかった」っていうんですよ。

 

――「嘘」ですか。

中村:そう、何もないところから何かを生み出すのは、嘘をついてるって感覚になるんだなと思って。

それにこっちの美術教育は、「塗り絵をはみ出さないように塗る」とか、それができるのが優秀っていうことになる。言われたことをやるのが正しいし、言われてないことを提案する訓練もない。教育にクリエイティビティが無いですよね。

ゼロからものを作るっていうことを肯定していかないと、何も出てこない。最初は小さなものかもしれないけど、それを「いいね」って言ってあげることだと思うんですよね。

カンボジアでは、何かしら思ってることがあっても出しちゃいけない、ってことが美学だったりもするので。その気持ちを取っ払ってあげられたら、凄い可能性を持っていると思います。

 

カンボジアから世界中へ。進行中のプロジェクトについて

――ソーシャルコンパスとして社会問題×クリエイティブというテーマで活動していらっしゃいますが、今後の活動について教えてください。

中村:今はワッティーというキャラクターでいろんな機会を頂いているんですけど、アンコールワットがモチーフなのでどうしてもカンボジアに限られてしまうんですよね。だからもっと世界共通で使えるキャラクターを作っていきたいと思っていて、SDGs(※3)のキャラクターを作ったんです。

(※3 「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略。国連加盟193か国が2016年~2030年の15年間で達成するために掲げた目標)

(SDGsキャラクターについての詳細はこちら

中村:企業や自治体が啓発動画であるとか教材を作りたいっていう声は結構多いんですけど、何を作ったらいいのかわからないっていうのがあるみたいで。

ワッティーという前例があるので、SDGsをゴールごとにひとつずつキャラクター化して、いろんなコラボレーションができるんじゃないかなと思っています。ちょっとメディアに取り上げられたりして、少しずつお声がけもいただいているところです。

 

――さらなる広がりを考えているんですね。最後に、クリエイティブ人材の育成に関してもお聞きしたいです。

中村:はい。今は子どもたちにストップモーションアニメを作ってもらう機会が多いんですけど、アニメの作り方を知るだけではなくて、もっと何かを考えてもらう機会にしたいなとずっと思っていて。

それで今やっているのが、子どもたちに円に切った紙を渡して、自分たちが住んでいる世界っていうのはどういうところなのか、描いてみてくださいっていうワークショップ。その絵をアニメーションに取り込んで、180度のドーム型のスクリーンにプラネタリウムみたいに映すんです。

(配電菅を骨組みにしたドーム。どこの国でも再現可能な構造を目指して作られた)

中村:カンボジアの田舎に居たら世界の広さみたいなものを感じることもないままだし、地球が丸いって信じていない人もいる。アニメーションで「地球を守ろう」って環境啓発に取り組んでるけど、その「地球」をちゃんとわかってるのかな、っていう疑問が僕の中にあって。子どもたちに地球について考えて調べてもらえるようなきっかけを作りたいと思って、このような企画になりました。

カンボジア、ミャンマーでは既に実現して、バングラデシュからも話が来たりしていて。日本でやってもいいかもしれませんし。いろんな国の子供たちに自分が思う地球を描いてもらって、いろんな国の子供たちが作った宇宙が出来上がったら面白くないですか?

 

――ワクワクしますね! 

中村:アフリカで「これがミャンマーの人が考える地球か」なんて言いながら見れたらすごく面白いと思ったりもしています。統一した基準で、世界中の地球のアーカイブを作っていきたいですね。

(ワークショップに参加する子どもたち)

カンボジアに留まらず、世界中へ活動の広がりを見せているソーシャルコンパス。代表の中村さんにとって、カンボジアは原点とも言える場所でした。

ソーシャルコンパスのこれまでの活動はこちらからご覧いただけます。過去のイベントの様子や作品のアーカイブが公開されているのでぜひご覧ください!

 

(2018年12月発行 NyoNyum98号掲載の内容を再編集)

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