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日本・カンボジア「カルチュア」徹底研究!~国際交流基金 × NyoNyum コラボ企画~ 「映画に一生をささげる」と誓った情熱の男 フイ・ヤレン監督

日本の文化、カンボジアの文化と聞いて、皆さんはどんなことを思い描きますか?

文化は人類が、それぞれの地域や社会においてつくりあげ、伝承してきたもの。

異なる文化の中で育っていても、自分の考えを伝えることで共感しあい、新たな文化をつくりあげることもできます。

国際文化交流の専門機関として日本とカンボジアの交流に取り組んでいる国際交流基金プノンペン連絡事務所と、カンボジアの文化や社会を多面的に伝え続けてきたニョニュムが、旬の文化人や文化交流のキーパーソンをご紹介します。

フイ・ヤレン(Huy Yaleng)

映画監督
1979 年生まれ。バンテイミンチェイのタイ国境にある難民キャンプで過ごす。学業で挫折する一方で、役者としての舞台に関心をもち、王立芸大で映像制作を学ぶ。卒業後自身の制作会社を立ち上げて映画の制作を始める。カンボジア国民なら誰もが知るバナナの木の幽霊、現代に蘇るクメール・ルージュ、精神疾患者を題材にしたホラー映画を制作。

 

「映画に一生をささげる」と誓った情熱の男 フイ・ヤレン監督

『Fathers』上映時にファンと交流 , 2020

新型コロナウイルス感染症の影響で一時営業が見合されていたカンボジアの映画館。

いよいよ映画館が再開し、観客が戻りつつある中、今年も国際交流基金アジアセンターの主催による日本映画祭(Japan Film Festival)が 11 月に開催され、最新作を含む日本映画が上映される予定です。

一方で、カンボジアで映画と言えば「ホラー映画」人気が高い中、現代のカンボジアの家族について描いた『ダゥムバイ・コーン‐Fathers(子のため)』(以下、『Fathers』)がコロナ前に登場し、若い世代の観客の心をとらえました。カンボジア映画界に新たな潮流を生み出す監督に、カンボジア映画の世界について聞いてみました。

 

Q まずは、カンボジア映画の概況について教えてください。

1950-60 年代に故シアヌーク国王が映画の監督、出演をされ、「黄金の時代」と呼ばれていました。

しかし、ポル・ポト時代に全てが破壊されてしまいました。

1989 年以降にようやくインド映画がカンボジアに広がり、インド風の歌や踊りが盛り込まれた映画の撮影が行われました。

映画を見たいという人々の欲求が高まっていた時代でしたので、映画が公開されると映画館の前に大行列ができて、チケットを転売する人までいたほどです。

しかし、再び映画界は衰退し、2000 年ごろに復活しました。あの頃はインド映画、ホラー映画が主流でしたね。

『クマオイ・ダウム・チュヴィア(チュヴィァバナナの木の幽霊)』とか『プテァ・クマォイ・ティン(幽霊が買った家)』といった映画がそのころの私の代表作です。

しかし、テレビの台頭によって映画界は再び衰退。私自身もテレビに転向せざるを得なくなりました。

2012 年ごろになって映画業界が復活・安定し、再び衰退することはないだろうと感じ、私もこの世界に戻りました。

今後のカンボジア映画界はどんどん盛り上がる、特に 4、5 年後には国際レベルに追いつけると思っています。

 

Q 監督は、俳優やシナリオ作成も行われますが、どのようにして映画にかかわるようになったのですか?

1998 年に故郷の高校を卒業し、劇団で古武道の演舞や演劇をするようになったんです。

その指導者が芸大の教授で、その推薦もあって王立芸術大学に 2000 年に入学しました。

役者としての訓練を受けながら映画の撮影に関わったり、ある映画で助演俳優を務めました。

でも俳優業は寿命があると考え、映画を監督したいという気持ちが高まりました。

情報省のマゥ・アユット長官と出逢い、その指導のもとで『ニァンフーン(フーン姫)』、『サニヤー(約束)』、といった映画を撮影しました。

映画に打ち込んでいくうちに、「映画に一生をささげよう」という思いが芽生えたんです。

その後、『プテァ・クマォイ・ティン』、『クマオイ・ダゥム・チェークチュヴィァ』を作りました。

後者は、タイでタイ語吹き替えの上映がされたほど人気を博しました。

その後 4、5 本制作しましたが、2005 年ごろにテレビが台頭するようになり、映画界は衰弱していきました。

私もバイヨンテレビに入社し、映画の世界を離れました。

2012 年ごろに映画が復活したので、再び映画制作に移行したんです。

 

Q 監督は、最初はホラー映画を中心に撮っていましたが、最近は貧困や社会の分断といった社会問題を扱う作品『Fathers』で人気を博しましたね。ご自身の作品についてお聞かせください。

2012 年以降の作品で、『ヴィカァルチャロット(精神病患者を描いた作品)』、『トモック(トモックという幽霊の話)』が大ヒットしました。

主にホラー映画中心に制作していたんですが、最近になって「カンボジアには別のジャンルの映画はないのか」といった声が聞こえてきたんです。

そこで、ヒューマンストーリーである『Fathers』に初めて挑戦しました。

今年 1 月ごろに上映を開始し、大ヒットしそうだったところにコロナが起きてしまったんです。

この映画を通じて、子供のために努力をする父親の姿を描きました。

多くの映画や文学作品では、母親の愛を描くものが中心で、父親の気持ちを表現したものはあまり見られません。

でも、父も母も我が子を愛する気持ちは同じです。母親はいろんな言葉で子供とふれ合いますが、父親は寡黙ながら子供のために命をささげるのだ、ということを表現したかったんです。

作品は、私が発案し、仲間と一緒に書き上げました。

実際のウナロム寺の近くのシクロ運転手の話を聞いてストーリーを組み立てていきました。

私自身も、いつも新しいものを描きたいという思いがありましたので、今までにないところにスポットを当てようと、シクロ運転手を選んだんです。

 

Qこの撮影時のエピソードを聞かせてください。また、監督の作品を英語や日本語の字幕付きで日本で観ることはできますか?

この映画では私自身が主演をしているんですが、なぜ役者までやるの?と思うでしょう。精神病患者を描いた映画の撮影の時、私は幼いころに過ごしたタイ国境の難民キャンプ「サイト 2」で精神病患者を見ていたし、ほかにその役の適任者がいなかったこと、また役者を雇うお金の問題もあり、自分で演じたほうがいいという結論になったんです。

別の映画では、牢屋に収監されるシーンがあり、10kg 減量をしました。

『トモック』の時は、生の牛肉を食べたり。役作りのためにありとあらゆることをしました。

『Fathers』では、シクロ運転手の生活、運転の仕方を学ぶため、2 週間ほどかけて真っ黒に日焼けしながら役作りをしました。

映画『Fathers』より

『Fathers』は英語の字幕で見ることができますが、残念ながらまだ日本語の字幕はないです。

しばらくしたら、映画配信サイトでアップしようと思っていますので、ぜひ日本の皆さんにも観ていただきたいです。(詳細後述)

 

Q 今後、監督はどのような活動をしようと考えておられますか?

ホラー映画はもうしばらく制作しないと思います。

シナリオはあるんですが、私のファンたちがあまりこのジャンルを望んでいないと感じています。

今考えているのは、ヒューマンストーリー、アクション、サイエンス映画などです。

実は、ビッグプロジェクトがあるんですが、10 万ドル以上かかるので実現するかはわかりません。

 

Q 監督が影響を受けた映画、文学、芸術は?

カンボジア映画ではリー・ヨムジン監督の『ルット・サェン・ニァン・コングレイ』です。

この映画は黄金の時代のもので、中国の映画関係者がカンボジアに学びに来たほどの映画でした。

マウ・ユット先生からも影響を受けました。

映画自体は、小さい時から好きでした。

難民キャンプにいた時に、映画館というよりはテレビを置いて人々が集まって映画を見ていたのですが、私は文字がきれいなことを買われて看板文字を書いたんです。

香港、中国、インドなどの映画をいろいろ見ました。

 

Q 映画1作品をつくるのに、どれくらいの経費がかかるのですか?

ホラー映画が主流だったのは、撮影費が安くすんだからです。1 本の製作費は 5、6 万ドルほどでしょうか。

本当は他国のようにアクション映画とかいろんなジャンルに挑戦したいんですが、やはりお金の問題が大きくのしかかります。

心の中では、いつか「黄金の時代」のような映画制作活動をしたいと思っています。

歴史を題材にした映画も撮りたいですね。

2025 年にはジャヤヴァルマン 7 世の映画撮影を考えていますが、700 万ドルもかかるんです。技術面の問題もあるので、時期を見ています。

制作費は、主にスポンサーからのお金に頼っています。

私自身、2000 年ごろから映画を作ってきましたが、お金に無頓着で貯蓄をしてこなかったんですよね。

映画がヒットすれば、それなりの収入は得られます。でも、利益にはあまりなりません。

本当に、「好きだから」続けていられる仕事です。

でも将来カンボジア以外のマーケットに広がり、きちんと収入が得られ、新しい作品を作り続けることができるようになると信じています。

 

Q カンボジア以外のマーケットということは、海外展開をお考えなのですね?

はい。ターゲットは日本、韓国、中国、インドです。アメリカはマーケットが大きいので最後にします。

 

Q 今後世界各地への進出が実現することを願っています。カンボジアと日本で映画分野の交流などもできるといいですね。

ASEAN 国際映画祭・授賞式に参加 , 2017

そうですね。以前香港の映画祭に行ったこともありますし、中国やマレーシアにも何度も行きました。

ブルネイでもワークショップで現地の監督と交流をした経験があります。

私の映画もタイのスリン地方やラオスでも上映されましたし、フランスでは『トモック』を紹介しました。

カリフォルニア州のロングビーチでも、カンボジアフェスティバルで上映をしました。

各地へ行くたびにいろいろなインタビューを受けたり、制作面での意見交換をしたり、共同制作のアイディアを語り合うこともあります。

日本の監督とも交流をしてみたいです。

 

Q 好きな日本映画や、日本の文化、芸術等、あるいは日本についての印象は?

以前見た映画では、ゾンビの映画がありましたよね(映画『カメラを止めるな !』)。あれが好きです。

日本のことはとても興味がありますし、今年行きたかったんですがコロナで行けなくなり残念です。

日本は古来からの文化があり、芸能、伝統の面でもアジアの一員として見習うべきだと思います。

日本人の品行の良さも尊敬しています。

 

Q 最後に、日本の読者に向けて一言お願いします。

日本の皆さんにも『Fathers』をぜひ観ていただきたいです。

『トモック』も歴史的な映画でカンボジアの伝統を描いていますので、カンボジアの文化を知ることができると思います。

それから、日本で私の映画を待ってくれているカンボジア人にも、私の作品を届けたいです。

Soyo、Iflix で『ヴィカルチャルット』『トモップ』『ティァロンナカム・クマォイ(幽霊の拷問)』を見ることができます(英語字幕)。

『Fathers』は 10 月にアップしようと思っていますのでお楽しみに。

 

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ウィキペディア「Huy_Yaleng」

History Of Director Huy Yaleng