日本の文化、カンボジアの文化と聞いて、皆さんはどんなことを思い描きますか?
文化は人類が、それぞれの地域や社会においてつくりあげ、伝承してきたもの。
異なる文化の中で育っていても、自分の考えを伝えることで共感しあい、新たな文化をつくりあげることもできます。
国際文化交流の専門機関として日本とカンボジアの交流に取り組んでいる国際交流基金プノンペン連絡事務所と、カンボジアの文化や社会を多面的に伝え続けてきたニョニュムが、旬の文化人や文化交流のキーパーソンをご紹介します。
アンコールワット西参道の修復工事
今年、コロナの影響で訪問者が激減したアンコールワット。
かつては1日最大1万4000枚売れたこともある入場チケットも、最近は数十枚の日が多いとか。
そんな中、いつかまた訪問者が訪れる日に備えるかのように、黙々とアンコールワットを守り続ける人たちがいます。
アンコールワット西参道は、15件あるアンコール遺跡群修復工事の1つで、カンボジアと日本の混合チームで実施されています。
国際交流基金アジアセンター(以下、JFAC)は、上智大学アジア人材養成研究センター(以下、上智大人材センター)を通じた支援を行っています。
JFACのミッションである両国文化の双方向の交流、新たな価値の創造がどのような形で実現されているのか、西参道の修復のため日本人とともに働いている、国立アプサラ機構(以下ANA)副総裁及び現場で活躍されている保存官の方々に話を聞きました。
Q: 遺跡修復は専門性が高い分野ですが、皆さんはどういった教育・訓練を受けて来られたのでしょうか。
(キム・ソテン副総裁)保存・修復の分野では、学問的な知識に加えて、現場での経験が必要です。
例えば私は、プノンペンの王立芸術大学で考古学を4年間学んだ際、より高度な知識を習得すべく、1991年より始まった上智大学による集中講義を受講しました。
その後バンテアイ・ミェンチェイ州のバンテアイ・チュマール、アンコール遺跡群のバプーオン、コンポン・チャム州のハンチェイ遺跡などにおいて、修復や発掘調査の現場で経験を積みました。
時にはUNESCOの世界文化遺産に登録されているアンコールワット遺跡群で国際基準の厳しい監理下で修復する技法を学び、時には登録されていない遺跡で思い切った発掘調査をしてきました。
地中の考古学遺構を掘らずに探査する調査技術の実用化など、当時の新しい技術を取り込んで、経験を積んできました。
そして、2019年に、遺跡保存管理機構であるアプサラ機構に入り、現場での知見を活かしつつ、遺跡修復事業全体のマネジメントに携わっています。
(マオ・ソクニー保存官)本当に現場でしか学べないことが多く、国内外の専門家とともに働くことで、彼らから技術を教わり、その技術を自分のものにして、適用していく、この積み重ねが必要です。
私も、バンテアイ・チュマールの参道修復に中心的にかかわってきましたが、アンコールワット西参道の基壇や擁壁の修復に携わりながら学んだ知識を適用しています。
Q: 遺跡関連の人材育成には時間がかかるんですね。カンボジア中に多数の遺跡がありますが、それに対応した人材は十分に確保できているのでしょうか。
(キム・ソテン副総裁)人材確保は、正直、厳しい状況にあります。先ほどお伝えした通り、人材育成には相当な時間がかかります。
近年カンボジア建築界は空前絶後の建築ラッシュを迎えており、このことはカンボジア全体としては嬉しいことなのですが、若いエンジニアで遺跡事業に関わろうとする人はとても少なくなっています。
またアンコール遺跡修復事業は西参道以外も多くの遺跡をカバーしていますが、ANA内に常勤の建築構造エンジニアは極めて少数であります。
どうしても必要な場合には、その時だけ各種エンジニアを雇用してやりくりしています。
人材が足りない中、海外からの専門家派遣や、今いる人材に対する研修はとても重要な事業です。
1年に1回、カンボジア人が日本で研修を受ける機会がありますが、大変ありがたく大きな励みとなっています。
Q: 特に日本から教わりたい技術とはどういったことですか?
(アン・ソピアプ保存官)遺跡の保護方法について高度な知見を日本から教わりたいです。
また、今はコロナ禍で観光客が減少しているものの、それ以前は年々増加していました。
観光客のいる時間帯や、観光エリアと作業現場が近くなり、(理論的には)事故のリスクも増えてしまいます。
訪れる人の安全確保が最優先ですから、安全に遺跡保存を行う方法を考えなければなりません。
そこで関係者との協議を重ねた末、2017年5月以降は西参道を通行止めとして、仮設のう回路(=浮橋)を設けました。
現場の各工程における安全管理についてのノウハウがとっても役に立つのです。日本のやり方を学びたいです。
(キム・ソテン副総裁)プロジェクト・マネジメントについては、ANA としてしっかりと学んでいかなければならないと感じています。遺跡修復案件は、研究と工事の両方をやらなければなりません。
特に、事前の研究は大変複雑で、当初の予定よりも時間がかかってしまうことも多々あります。
一方で、国家予算を使っているため、資金の使い方については説明責任があります。
より良い資金管理方法や、案件のプレゼンテーション方法などを学びたいと思います。
Q: アンコールワット西参道修復案件には、とても長い時間がかかっていますね。どういったことに時間がかかるのでしょうか。
(アン・ソピアプ保存官)西参道は全長200メートルの橋ですが、フランスが1960年代に修復を実施した正面向かって右半分の残りの左半分を修復しています。
中央から終点までの100メートルを2007年までの約10年をかけて修復し、今進行中なのは入口から中央までの残りの100メートルです。
修復に時間がかかるのは、我々がAuthenticity(直訳:真正性)を大切にしているからなのです。
古代に使われていた技術や材料をそのまま使って再現することを理想としています。
そのための古代の技術や材料が何なのか、それをどうやって準備するか、工事を実施するかについての事前研究にも時間がかかります。
修復工事中に、この工事より以前に1 度だけ修復工事が行われた証拠も発見しました。
今回の修復工事については部分的に補強のための近代技術を取り入れることにしましたが、その前にあった歴史全体が消えてしまわないようにしたいと考えています。
Q: 近代技術はどのような形で取り入れられたのですか?
Authenticityを維持するため、擁壁の部分は当時のまま解体をしないで保存しましたが、崩壊を避けるための工夫が必要で、擁壁を補強するため擁壁の内側に断面形がL字形のコンクリート壁を挿入しました。
このL字形のコンクリート壁は今回の案件の中で、日本とANAの専門家が諸条件を熟慮の上、ユネスコの専門家と何度も協議し国際会議の承認を得て産み出されたものです。
施工に際しては、日本での現場経験の豊富な専門家が何度も現地を訪れ、ANA の専門家をサポートしています。
解決できない問題が生じ日本流の解決方法が提案された際、ANAの担当者からは「カンボジアだとこんな方法があります」と代替案を出し、そちらが採用され結果的に成功した場合もありました。
Q: まさに、双方向交流ですね!さて、日本人と一緒に働くということは異文化と向き合うことですが、難しいと感じた点は?また得たものは何ですか?
(アン・ソピアプ保存官)本件に携わる上智大学の先生たちは、カンボジアに長くおられる方が多いので、カンボジア文化やカンボジア人のことをよく理解してくれており、そこに大変やりやすさを感じています。ですので、特に異文化で困ったことはありません。
得たものに関しては、日本人は何かを実行する前に、必ず関係者の間で会議の場を設けます。
そこで何をするかを明確に決定し、それに基づいて実行します。そのため、短時間でも効率的に作業ができると感じています。
この働き方がとても参考になりました。
Q: 人材確保が難しい状況で、一人ひとりの職員が抱える業務や課題は大きく、大変かと思うのですが、どんなことを思い描いて働かれているのでしょうか。
(キム・ソテン副総裁)アンコールワットやその他の遺跡は、我々の祖先が築き上げてきた宝物で、それが失われていく姿は見ていられないという思いでやっています。
また、アンコールワットで使われた石の組み方など様々な古代建築技術はフランスをはじめ世界中の研究者を惹きつけております。
インドネシアとはアンコール時代より人の交流があり、20 世紀前半にはフランス人がアンコール遺跡で用いる修復技術をプランバナン遺跡から学んだ歴史もあります。
タイ、ベトナムを始め東南アジアの遺跡専門家の多くがアンコールを訪れ互いに学ぶ機会となっています。
このことは我々にとって大きな誇りになっており、今後もこの宝を守っていきたいです。
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