日本・カンボジア「カルチュア」徹底研究!~国際交流基金×NyoNyumコラボ企画~ ⑨新しい価値を社会に吹き込む若手映画監督の挑戦
日本・カンボジア「カルチュア」徹底研究!~国際交流基金×NyoNyumコラボ企画~ ⑨新しい価値を社会に吹き込む若手映画監督の挑戦
2022.03.21

日本の文化、カンボジアの文化と聞いて、皆さんはどんなことを思い描きますか?

文化は人類が、それぞれの地域や社会においてつくりあげ、伝承してきたもの。

異なる文化の中で育っていても、自分の考えを伝えることで共感しあい、新たな文化をつくりあげることもできます。

国際文化交流の専門機関として日本とカンボジアの交流に取り組んでいる国際交流基金プノンペン連絡事務所と、カンボジアの文化や社会を多面的に伝え続けてきたニョニュムが、旬の文化人や文化交流のキーパーソンをご紹介します。

 

~新しい価値を社会に吹き込む若手映画監督の挑戦~

ポーレン・リーさんは医学部在学中に映画制作に興味を持ち、2012年から短編映画を作り始めました。わずか3年後の2015年には短編映画祭「Tropfest SEA」でグランプリを獲得。

国際交流基金アジアセンタープノンペン連絡事務所が現地の映画製作研修等を行うNPOと共催した9日間の映画制作のワークショップでは、16人の若者たちに小説から映画への脚本の書き起こし方、話の展開のさせ方、監督の役等について話をしました。

カンボジアを代表する若手映画制作者に、カンボジア映画産業の課題、彼から見た日本映画、またワークショップの感想について伺いました。

 

Q.ポーレンさんは医学部5年生の時に映画制作に興味を持ち、そのまま映画界に身を置かれていますが、脚本や監督はどのように学ばれたのですか?

医学部在学中にフランス語を勉強する機会があったのですが、その施設内の図書館には本だけでなくヨーロッパや日本の資料映像やDVDがありました。空き時間に世界中の国々の新旧さまざまな映画を見ました。幼い頃から短編小説を書いたり読むのが好きだったこともあり、映画の世界に引き込まれて行きました。

小説を読んだり映画を見るときに、いつも「どうしてここでこんな言い回しをするのか」「どうやったらこんな魅力的な表現ができるのか」「作者はどのような技法を使っているのだろう」といったことを常に考えていました。

当時のカンボジアには映画制作を学べる学校がなかったので、初めはインターネットでビデオクリップの制作の仕方を研究していました。時間さえあればインターネットカフェに行って1時間ほど過ごしていました。

ほかには、メタハウスやボパナ視聴覚リソースセンターで映画制作や短編小説執筆の講座に通いました。

 

Q.ポーレンさんはフランス映画の『アメリ』に影響を受けたそうですね。日本でも主人公・アメリのファッションを真似る人がいたり、映画のサウンドトラックも流行しました。ポーレンさんが一番惹かれたのはどのようなところですか?

2011年に初めてフランス語学校の図書館でこの映画を見たのを覚えています。『アメリ』を見た瞬間、私の人生と重なる部分があると感じました。アメリが一人静かに過ごす様子や、人を助けるところに感銘を受けました。

お金、家、車といった物欲主義、財産をめぐっての争い、嫉妬といったカンボジアの映画で取り上げられているものとはまったく違います。こういった作品は、利己的な考えや人を蹴落とす精神を人々に植え付けてしまいます。

それに対して『アメリ』では自分の周りにある日常生活の大切なものを表現します。最新の車や物だけが人生を素晴らしいものにするのではなく、人を大切にすることの重要さを教えてくれます。

映画監督として人々にどのようなことを伝えるのか、どんな価値観を広げたいのかを考えなければならない、ということを教えてくれました。

 

Q.ポーレンさんの作品は女性、少数民族、動物を扱うことが多いかと思いますが、声なき人の声を取り上げることを使命と感じられているのでしょうか?

私は田舎に生まれ、平凡な生活をしてきました。スラムのような生活で苦しむ人は見たことがありませんでした。就学のためにプノンペンに住むようになり、線路沿いのスラムに行く機会がありました。

そのような場所では薬物、売春、人身売買が行われていると聞いていたのですが、実際に訪れてみると、聞いていたのとはまったく異なる世界でした。そこで暮らす人々はすべて悪い人ではあり
ません。

たとえば売春をする人は、家族や何らかの原因があってそれを選んだだけのことです。カンボジアでは、多くが物事の一面だけを伝えます。そして、不公平な状況にある人や困難を抱えている人のことはあまり紹介されません。すなわち、社会における彼らの声が聞こえてこないのです。

少数民族も、彼らの声は消されてしまい、権利を得られていません。少数民族の人々の特徴や、自然を破壊せず過度な物欲主義からかけ離れて生活し、むしろ自然を助けているのだということを伝えるために、ストゥントレン州の少数民族の動画を作りました。環境や人権にさまざまな問題を引き起こす資本主義とは違う世界です。

私は「貧しい人でもお金持ちに何かを教えることができる」ということ、彼らの自然と共にする生活が私たちに自然環境を守る意識をもたらすということを伝えたいのです。

 

Q.一般にカンボジアの映画産業は内戦で一度後退したと言われていますが、いかがしょうか?

カンボジアの映画産業は今、少しずつ息を吹き返しています。若者の中にも教育短編動画を制作する人が出てきています。こういったことに関心を持たなかった私の世代とは異なります。

また、以前は動画の制作に使われている技術も今のようではありませんでした。今や携帯電話でも動画が作れます。

一方で、このような豊かな環境の中でカンボジアの映画の質はどうなのかとも考えます。私自身も、自分がどのレベルなのか、私の映画の質はどうなのかを自問自答しています。

どのような仕事にも当てはまると思いますが、自分が好きかどうか、その仕事に打ち込めるかどうか、人生のライフスキルを高めることができるかどうかだと思うのです。

質の良い映画を制作できる人は、常に自分の周りで起きていることを見つめ、加えて哲学、心理学、世界の諸問題といったものを研究し、社会で起きているさまざまな問題を考えることで、視聴者を引き込むストーリーが作れるのだと思っています。

 

Q.カンボジアの映画をさらに魅力的なものにするために改善すべきところは?

私は自然体の表現が好きです。これまで制作してきたで作品では、その場面に合った仕事をしている一般の方を採用してきました。

たとえば東京国際映画祭でも上映した『赤インク(Red Ink)』という作品では、あるカンボジア人漁師の家族の人生を描きました。

私は普段漁師をしている人の中から役者を選んだのです。なぜなら彼らの日常生活そのものが漁師の人生という場面にふさわしいからです。事前に準備せずに自然体で、彼らの普通の言葉を話してもらうことが重要なのです。

このように、カンボジア映画界の方たちがこれまでしてきたことに加え、新しいことを創造していくことが、現在そして将来のカンボジア映画制作者に必要なことだと思っています。

 

Q.日本映画はいかがですか?

日本映画は私の作品作りに影響しています。特に是枝裕和監督の作品には貧困層の生活が描かれているものもありますが、子供の視線などから家族の幸せも映し出すことで、見ている人々をその世界に引き込んでいると思います。

 

Q.カンボジアでは年に一度日本映画祭を開催しているのですが、見に行かれたことはありますか?

2017年の日本映画祭で『この世界の片隅に』を見ました。第2次世界大戦で原爆を受けた広島で暮らす少女の目線で人生を描いたものでした。

カンボジアの映画はご存じのように、娯楽としてホラーやコメディが人気で、これはカンボジアの近隣諸国も同じ傾向です。

日本映画は他国の映画とは異なる特徴を持っていると思います。このような映画をカンボジアで上映することは、カンボジア人に新しい理解を促すという意味で重要だと思います。日本映画祭はとても貴重だと思います。

カンボジア人で、日本のことを知っている、理解している人は少ないです。開催時には多くの市民、特に学生たちに呼びかけをしてもらいたいです。彼らは次世代の新しい波になる重要な世代だからです。

 

Q.ワークショップでは参加者たちに3つの短編映画を制作してもらいましたが、それぞれ原作の小説はコロナ禍をどう生きるかをテーマにしたアジアセンターの文芸プロジェクト「YOMU」に書き下ろされた作品でした。この小説から脚本化への指導をする際、どういったことに留意しましたか?

ワークショップでは若い世代の16人が集まりました。良い映画作りに関し、多角的な話し合いができました。私は“美しい映画”を作れるようになることは求めませんでした。それよりも今のカンボジア社会に見られるどの点、どの面を描けば良い作品ができるのかについて話し合うことに時間を費やしました。

私は多くの質問を投げかけました。みんなで話し合い、物語の中にある登場人物たちが抱える問題の深い部分への理解を促しました。たとえば、カンボジア映画で父親は常に最も権力がある者として描かれます。母親は家族の中では弱者で家族の調整役であり、決定することをしません。なぜそうでなければならないのか?

現実には母親・女性は家族や社会をまとめ、支えています。カンボジア映画やカンボジア人の多くが古い考えから抜け出せず、ジェンダーに対する差別意識を持っています。

このワークショップで取り上げた3つの短編小説を通じて、物語の中での登場人物一人ひとりの心情について話し合い、現在のカンボジア社会を見つめ直し、ジェンダーを考え、参加者の映画作りの考え方に変革をもたらしたいと思いました。

 

Q.ポーレンさんの指導方法は?

私は指導者というよりは自分の経験を共有する人として参加しました。参加者と直接話し合うことは、スライドを使って教えるよりずっといいと思ったのです。私は人の声を聞き、他人の考えを尊重し、どのような考えであっても自由に発することを重視しています。

カンボジアの一般の学校では、生徒に多く質問をさせません。ワークショップでは参加者に自由に質問させ、また話し合わせました。芸術は誰でも学べますが、誰もが良い芸術家になるわけではありません。

同じように物語を書くということは、その人の心・考えから生まれるのであり、彼らの手をつかんで書かせることはできないのです。だからこそ、質問をし合い話し合うことが重要なのです。

 

Q.参加者からは、ポーレンさんにどのような質問がありましたか?

多くが脚本を書くときや、映画を撮るときの技術に関する質問でした。映画の脚本と普通の小説はどう違うのかという質問もありました。ほかにも監督とカメラマンの具体的な役割に関して質問がありました。

 

Q.今回のワークショップはいかがでしたか?

日本人の講師にも参加していただき、脚本の書き方を教えていただけたのはとてもためになりました。今回はオンラインでの開催で、プログラムも多く期間も長かったので、参加者は少し疲れていたようですが、内容を理解するためによく頑張っていました。

カンボジアには映画制作のための学校がないので、このような短期プログラム開催は必要です。特に、このワークショップはみんなで良い映画を制作するために考える場を提供してくれました。

また、映画のことだけでなく社会問題についても話し合う場となりました。9日間の短期プログラムでしたが、若い世代の参加者に社会問題、心情、信念、人類といった映画制作の基本となる部分を理解させてくれました。

日常生活から離れた環境に集まり集中的に話し合えたことも良かったようです。次回このようなプログラムがあれば、カンポット、ラタナキリ、モンドルキリといった参加者の生活拠点から離れた場所で実施していただけたらさらに良い学びの環境になると思います。

 

 <プロフィール>ポーレン・リーさん

映画監督。1989年生まれ。医学部5年生の2 0 1 2 年に短編映画制作を開始する。2015年にマレーシアで行われた短編映画祭「Tropfest SEA」でグランプリを獲得。2017年の東京国際映画祭にて『赤インク(Red Ink)』が上映。

 

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