今年はコロナウイルスの影響でめっきり減ってしまったものの、これまで年間約20万人もの日本人が訪れる国カンボジア。
世界遺産アンコールワット観光をはじめ、学校や孤児院でのボランティア活動で訪れたり、はたまた夢と希望を抱いて新興国カンボジアで事業を興した方など、実に様々な目的でこの国にやってくる。
また、成長著しいカンボジア経済の影響もあり、ここ数年間の日本人移住者の増加率は前年比15%前後と世界でもトップクラスである。
実際に現地を訪れてみると、この国の不思議な魅力の虜になってしまい、「年に何度も足を運んでいる!」、「はまり過ぎて移住してしまった!」という人も少なくないはず!?
この連載では、気がついたらカンボジアにはまってしまった方々にまつわるストーリーを紹介していきます。
第4回目は山勢拓弥さんです。
シェムリアップ近郊にあるゴミ山の人々を雇用し、バナナペーパー事業はじめ様々な事業を行なっていることが人気テレビ番組の情熱大陸はじめとする各メディアで取り上げられ、公益財団法人社会貢献支援財団が主催の第51回社会貢献者に選ばれるなど、日本でも一目置かれている存在に。
何でも自分で決めて新たな道を切り開いてきた若手の社会起業家というイメージがある山勢さんですが、これまでどのような経験をし、カンボジアにたどり着いたのでしょうか。
■プロフィール
東京出身。福岡育ち。2013年からカンボジア在住。シェムリアップにあるゴミ山を背景にKumaeを立ち上げバナナペーパーブランド「Ashi」や日本語学校やインターン事業などを運営している。ソルティーロの熱狂的ファンの1人。
SNS:note, Twitter, Kumae公式サイト
ひょんなことから心と視線が海外へ向いた
幼い頃からサッカーが好きで将来はプロサッカー選手になりたいと思っていたので、もともと海外への興味はあったほうだと思います。
初めての海外は中学生の時のニュージーランドへの1カ月ほどのホームステイでした。
現在の僕のイメージは「何でも自分で決めてきた」と思われることが多いですが、意外かもしれませんが実は幼少期から結構、流されやすいタイプでした。
今思い返してみると、英語の勉強だったり中学受験に関しても、親が良い方向へ導いてくれたから今があるのかなと思います。
高校時代は成績が良かったので大学の指定校推薦をもらっており、このまま無難に行くのかと思われましたが、素行の悪さで取り消されてしまいました。
でもこの件が自分の人生を見つめ直すいいきっかけとなりました。
当時の僕は指定校でいい大学に入り、大手企業に就職するという日本で世間一般的に言われている“王道”の流れに何の疑問も持っていませんでした。
しかし、自分が想定していたレールが突然なくなり、ふと教室の黒板を見たら「センター試験まであと100日」と書いてある文字に気づいた瞬間、初めて自分の人生これから大丈夫かなと思い、焦り出したと記憶しています。
そこから毎日、必死で勉強しました。そんなある日、スーダンで医療活動をしている先生が学校に講演に来て話を聞く機会がありました。
その先生の経歴だけを見ると学生時代はとんとん拍子でいわゆる王道を進んでいったのが、ある時スーダンの国の中にはまともな医療がない現状を目の当たりにし、自らその道を外れて、現在は団体を立ち上げて活動していました。
その先生の話は当時、王道しか知らなかった僕にとって衝撃でした。同時に今まで自分が考えていた王道だけでなく、こういう世界もあるのだと実感し、一気に視野が広がりました。
カンボジアとの出会い
2012年の春、大学の入試が終わってすぐに東北へ向かいました。
前述のスーダンで医療活動をしている先生に宮城県名取市の閖上地区で支援活動を行っているロシナンテスという団体を紹介してもらい、1カ月ほど滞在してボランティアをさせていただきました。
そこで、カンボジアで古着の配布活動をしている方との出会いが最初のカンボジアを知るきっかけとなりました。
興味があったのでその後すぐに一緒にカンボジアへ。
この時は5泊7日という短い期間でしたが、カンボジアの農村部を中心に回り、現地の現状を知れたことに加え、毎晩シェムリアップに在住する日本人と会う機会があったのですが、それが何よりも僕にとっては刺激的でした。
同じ年の8月に知り合いが現地で学校建設をすると聞いたので、再びカンボジアへ行きました。
この滞在期間中に仲良くなった方がシェムリアップで旅行会社を立ち上げると聞き、翌年の春休みにボランティアスタッフとして参加することになりました。
この会社はカンボジアのスラムなどの普通の観光ツアーではなかなか行くことのできないディープな場所を訪れて、カンボジアの現状や社会問題を知ってもらうツアーを催行していました。
当時はまだ立ち上げたばかりの会社だったので、ボランティアスタッフだった僕もゴミ山というコンテンツを任せられており、現状を知るために毎日バイクでゴミ山へ向かい、指差し会話帳を片手に情報を集めていました。
この時、「何もないところから作り出す」という魅力に気づき、どんどんのめりこんでいきました。
結局2カ月間現地に滞在したのち、一度日本へ戻ってある決断をしました。
それは「大学を退学してカンボジアに移り住む」ということでした。
カンボジアを訪れる以前の僕は大学を卒業しないと生きていけないと本気で思うほど視野が狭かったです。
ただよく考えてみると、よく友人が言っている「とりあえず大学卒業」のとりあえずの意味が理解できませんでした。
大学を卒業していなくても、やりたいことをやって楽しみながら生きている人もいます。
僕はただ、カンボジアで出会った年上の日本人の方たちが魅力的で、この先我慢して大学に通うよりも、この人たちみたいに自分がやりたいことをやって、毎日笑顔になれるような生活をしたかった。
実際に現地を訪れたことでさまざまな問題に直面しましたが、それに対し考えに考え抜いて解決方法を出し、それがだめならまた試行錯誤を重ねる…。
この一連の経験こそが人生を豊かにしてくれるはず。
この時感じた自分の直感を信じ、大学退学を決めました。
と言いながらも、これまでの僕はある程度レールに乗った人生を歩んできたので「これにサインをしたら日本の社会から外れるんだ」と感じ、悩んだ時期があったのも事実です。
でも数年経った今、当時の気持ちを思い返すと、そんなのはただの取り越し苦労だったと思いますね(笑)。
ものづくりの魅力にハマっていく
その後、旅行会社でゴミ山担当として現地で奮闘するも、その問題を解決できるはずもなく、何もできない自分がいました。
その後、自ら日本語学校を設立したものの、人件費などの固定費が重くのしかかり、毎回身銭を削っていては続けることはできないと悩んでいました。
そんな時、お客さんが「カンボジアできちんと団体という形で活動するなら日本で資金を集めるよ」と提案してくださり、立ち上げたのが「Kumae」です。以前に比べたら資金繰りもある程度はよくなりましたが、日本頼りになるというスタイルではなく、現地で独立した収支を持ちたいという想いは持っていました。
そこで、ものづくりを始めました。
最初はミサンガなどを作っていましたが、どれもありきたりなもので収益には繋がりませんでした。
「自分がカンボジアにいる意味を考え、自分にしかできないことをやりたい」
そう思いながら日々試行錯誤を繰り返していた矢先、ある出会いがありました。
知人からルワンダでバナナペーパーを作っている人を紹介してもらい、そこからゴミ山の人たちを雇用してバナナペーパーで商品作りを始めました。
ここからとりつかれたようにものづくりにハマっていきましたね。
でも、結局は知り合いしか買ってくれませんでした。
作ったものに魅力を持たせたいがなかなかうまくいかない。
次第に、「ゴミ山のゴミをなくそうとしているのに、自分は社会にとって必要ないものを生み出してしまっているのではないだろうか」という自暴自棄に陥ることもありました。
本当にカンボジアで必要とされているものはなんだろう?
僕は初心に帰り、一から国内のマーケット回りをして分析しました。
どこのマーケットにも定番の水草バッグやタイパンツ、Tシャツなどがありふれており、しかもそのほとんどは外国製なので、商品が“カンボジア産のもの”というだけで価値があるということを再確認することができました。
その後、「Ashi」というブランドを作り、バナナペーパーに印刷できる技術を独自に開発し、カンボジアらしいものをデザインして、観光客に手軽に買ってもらえるようなポーチなどの小物類やバッグなどを売り出しました。
よく周りからはいろんなアイデアがあるねと言われますが、流されやすい人間なので基本は行き当たりばったりなんですよね。
ただ、何でもまずは「とりあえずやってみる」ようにはしています。
そうすると、必ず壁にぶつかるので普通はそこでやめてしまうんですが、僕の場合は悔しいのでそこで粘り続けることが多く、最終的に問題を解決できているようなことが多いです。
あとはやはり大学を退学した時点である程度のことは覚悟していたので、そう簡単には引き下がらないという気持ちもあります。
ソルティーロとの出会いとプロサッカー選手への挑戦
当時カンボジア国内でも話題になっていた本田圭佑選手がシェムリアップにプロサッカークラブを作るというニュースを見て、ソルティーロアンコールFCのことを知りました。
その後、同クラブ責任者の辻井翔吾さんと知り合って、クラブのスタッフや選手を紹介してもらったり、グッズ制作を請け負ったりして交流ができました。
また、僕は当時シェムリアップ内のアマチュアのサッカーリーグでプレーしており、心のどこかで「子どもの頃からの憧れだったプロサッカー選手になりたい」という夢を持ち続けており、これはチャンスだとも思いました。
とはいえ、プロサッカー選手は「ほんの一握りのエリートしかなれない、ましてや僕みたいな草サッカーの選手なんかは門前払いで、挑戦することすらダメなんだ」という認識も持っていました。
しかし、ソルティーロは実績よりもやる気があれば挑戦はできる環境だったので、結果的にはダメだったのですが、僕もチャレンジすることができました。
その後、どうしても諦めきれなかったのでカンボジア国内の他のクラブに練習参加しましたが、結果は不合格で僕のプロサッカー選手になるという夢は断たれました。
でも悔いはありません。
長年の夢を実現させるための機会を与えてくれたソルティーロには感謝しています。
このように真剣に頑張りたいという人へ挑戦できる環境を与えてくれるのがソルティーロの魅力でもあります。
また、シェムリアップ出身のカンボジア人選手たちが多く所属しており、よく街で気軽に声をかけてくれるのもうれしいですね。
これから挑戦したいこと
最近、NFC KUMAE(Non-Football Club Kumae)という団体を立ち上げました。
きっかけは僕がプロサッカー選手を目指していたとき、「自分はなんで選手になりたいのだろう」と考えたことにありました。
きっと、僕のような人でも誰でも挑戦するのは自由だというのを表現したかったんだと思います。
最近はコロナの影響でお店を閉めていますが、以前は春休みや夏休みの時期にはお店に来てくれるお客さんと話す機会がよくありました。
みなさん、いろいろなことに挑戦したい意欲はあるけどなかなか一歩が踏み出せないという方が多く、歯痒さを感じながら話を聞いていました。
そこでこの団体は、多くの人が挑戦できるような環境をつくり、最後の一歩を踏み出すために背中を押し、挑戦の連鎖を生むことを目的に立ち上げました。
僕がこれまでソルティーロやサッカーから教えてもらったこと、サッカーで得たマインド、サッカーで培ってきた挑戦する魂、年齢に関係なく挑戦できることをここでみなさんと一緒に表現していきたいと考えています。
ご興味のある方はぜひご参加をお待ちしています!
挑戦とは
最近はNFC KUMAEをやる上で挑戦というものの定義をよく考えていました。
僕が思う挑戦は「自分がやりたいことがあり、その思いを表現できること」だと思います。
僕自身、これからも自分らしさを表現できる人でありたいと思っています。
おわりに
現在、カンボジア国内で配布中のカンボジア生活情報誌NyoNyum108号ではソルティーロアンコールFCのチームマネージャーである景山慎太郎さんと、KUMAEの山勢拓弥さんの対談形式でご紹介しました。
お二方ともに大変興味深い人生を歩んだ末にカンボジアへたどり着いたという経緯があり、話を聞いていくうちにどんどんそれぞれの世界へ惹きこまれ、終わった瞬間は1本の映画を見たような気持ちになりました。
これはスぺースに限りがある誌面の記事だけに短くまとめるだけではもったいない!
ということで、web版ではそれぞれの話を分けて、ご紹介させていただきました。
<景山 慎太郎さん編>
読者の皆様もご存じの通り、今年のコロナウィルスの影響で観光都市シェムリアップは多大な被害を受けています。
失業したり、売上が全くなくなるなど、志半ばで日本へ帰国する方も少なくないと聞きます。
しかし、この二人をはじめ、現地では多くの人がそれぞれの夢実現のために挑戦しつづけていることを知ってもらえたら幸いです。
このコロナ騒動が収束し、いつの日かまたカンボジアを訪れる機会がやってきたら是非とも彼らの試合やお店に訪れてほしいです。
また、オンラインの時代なので、日本からでも彼らを応援できる仕組みがあるようなのでご興味ある方はぜひ、みてみてください。
~加入したメンバーたちと一緒に、「挑戦の連鎖」を生み続けよう!~
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<ソルティーロアンコールFC関連記事>
【気がついたらカンボジア】記事一覧
<第1回:秋庭 洋さん>
<第2回:小山 大志さん>
<第3回:景山 慎太郎さん>
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