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NyoNyum112号特集:⑤「学び」がつなぐ未来への支援

現在カンボジア国内で配布中のカンボジア生活情報誌NyoNyum112号の特集ではカンボジア国内での日本のODAプロジェクトについて紹介しましたがそのWeb版も公開します。

第5回目は今後のカンボジアの発展に最も欠かせない「人財」について。

日本のODAは、国家の中枢を担う人材に学びの場を提供し、自国のリーダーとして政策に携わる人たちにチャンスを与えています。

 

人々の営みに寄り添う~カンボジアの日本ODAプロジェクト訪問~

近年、カンボジアの経済は急速に発展しています。この急速な経済発展により、2016年7月以降、カンボジアは低所得国から低中所得国へと引き上げられました。

しかし、経済構造の弱さと貧困の不平等により、カンボジアではなおもこの成長に伴う多くの新たな問題を抱えています。

2030年までには上位中所得国の地位を獲得するためにカンボジア政府は、これまでの復興、開発、そして現在の発展を持続的に継続させるため、「国家戦略開発計画(NSDP)」と「産業開発政策(IDP)」などの政策を策定しました。

1990年代初頭のカンボジア内戦終結に多大なる寄与をし、政府開発援助(ODA)を行ってきた日本は、その時代時代に、成長過程に応じてカンボジア政府が直面しているあらゆる開発課題を克服すべく、ODA支援を行ってきました。

カンボジア政府が定めたNSDPとIDPを元に2030年の新しい経済開発目標達成を目指すカンボジアの開発のために、日本の現在のODAはどんな役割を担っているのでしょうか?

今回の特集は、カンボジアに生きるニョニュムスタッフから見た、この国における日本のODA事業展開について触れてみたいと思います。

 

個の専門を深め、ひとの交流を広げる

成奨学計画(JDS)は、公務員を主な対象として日本の大学院の修士課程・博士課程への留学を受け入れている。

各国の開発問題解決の中核人材として今後活躍が期待されている若手行政官等を、日本への留学を通して育成し、また留学で築いた日本との友好関係を相互に拡大・強化させていくことがJDSの主な目的だ。

対象国はウズベキスタン、ラオスの2カ国から始まり、その後アジアを中心にアフリカのガーナ、ネパールやパキスタンに地域を広げ、2019年度は16カ国から約360人の留学生を受け入れた。

創設から約20年が経ち、その総数は4,600名を超える。カンボジアはJDS創設2年目から受け入れが始まり、2019年度までに444名が来日している。

1991年の和平達成後、着実に開発を進めるカンボジアだが、各開発課題を取り扱う政府機関・関係省庁の職員・組織・制度等の能力や体制が不足している状況である。

カンボジアの国家戦略開発計画に(NSDP)おいても行政組織における人材の能力強化は重要課題として挙げられており、本事業へのカンボジア側からの期待も大きい。

JDS留学を経てカンボジアに帰国した400名を超える数多くの人が、まさに今、開発課題解決の中核人物として活躍している。

 

フット・シニァッドさん

フット・シニアッドさん(42)は現在、公務員省の副長官として活躍している。彼は2000年に法科経済大学を卒業し、2年間王立行政官大学で勉強した後、2002年より内務省に入省した。

公務員として働いてから2年後、新聞で日本のJDSのことを知り、2005年9月からの横浜国立大学での法学研究の大学院留学に応募した。

シニアッドさんは「私が日本を留学先に選んだのは、日本が先進国でアジアの中で発展した国の一つであり、国民は文化的で知識が豊富、モラルが高いこと、そして何よりも日本の製品の質が高く世界中で信頼されているからです」と語る。

JDSは日本での留学期間中に留学生へさまざまな配慮をしていると実感したというシニァッドさん。留学資金のほか、食費、家賃、通学費、日本社会で活動するための諸費用の費用が支給される。

また、JDS奨学金テストも透明性があり、日本での学習の質も高いと感じたという。彼の応募の時期は公務員、民間企業の従業員、学生などさまざまな層からの応募があり、競争率が激しかったため、研究テーマや留学の目的、日本で学ぶことの
利点などを明確にして伝えるのが大切だったという。

横浜国立大学のクラスメートと一緒に(前列左から5人目がシニアッドさん)

2年間の日本での留学期間中、シニアッドさんは教育の質、日本の文化に高い関心を持ったそうだ。

「2年間の大学院生活で、私は全力を発揮しました。日本の教育はとても厳しく、課題が多く、教授の示した明確な指導に従わなければなりません。また、日本人は礼儀を重んじます。勉強でも日々の生活でも礼儀を重んじなければなりません。この日本人の勤勉さや努力の姿勢が、日本をアジアで最も発展した国にした要因なのだと実感しました」

帰国後、シニアッドさんは内務省に戻り、当時の大臣から直接の指導を受けながら、日本で広がった知見や仕事に対する忍耐強い姿勢をもって公務員としてのキャリアを積み、今でも日本に対する感謝の気持ちを持ちながら活躍している。

 

ペーン・ティッソティーさん

プノンペン教員養成校の副校長ペーン・ティッソティーさん(42)は、2009年10月から広島大学の教育行政学部で教育科学を学んだ。

2000年に王立プノンペン大学卒業後、教育・青少年・スポーツ省の国立教育研究所で地学の教員養成指導員として勤務していた頃から修士号の必要性を強く感じていたという彼女は、二度目のチャンスでJDS留学に合格した。

夏に来日したことや、おとなしく礼儀正しい人々の気質がどことなくカンボジアと似ていたため、日本での生活はすぐに馴染めたが、季節が秋から冬、そして春に変わっていく気候の違いで体調管理には苦労もあったという。

1年目は専攻だった教授法などを中心に学んでいたが、勉強を重ねるうちに教育を行ううえでの仕組みや枠組みの構築についての関心が募り、プロジェクトの立案や計画、評価など、自分の学びをさらに深めたいという思いを抱いていった。

「2年間の留学では勉学に没頭し、調査や分析の方法などの学術的な知識、論理的な考え方など、本当に言い尽くせないほどの学びがありました」と彼女は話す。

また、日本や世界各国から集まった学生とともに学ぶことで、それぞれの実体験からくる地域ごとの視点や発想が得られ、非常に貴重で贅沢な場だったと振り返る。

帰国後は、国立教育研究所にて、初等教育における地学の教員ガイドブック制作に携わり、科学教員の教授法などを担当。

その後2018年より、現職のプノンペン教員養成校副所長に就き、科学、数学、教育学の責任者を務める。

今後注力していきたいのは、指導員と教員の能力評価。カンボジアの教育現場では授業や試験の目的が、本来あるべき生徒の理解度を計るものではなく、知識の暗記に焦点が当てられていることが多く、生徒の理解度を評価する仕組みが乏しい。

「そうした現状の課題解決に向け、仕組みを構築していきたい」と意欲を語った。

 

ウン・スレイネートさん

教育・青少年・スポーツ省の政策課に所属するウン・スレイネートさん(29)は、約3年前に留学を終えたばかり。

プノンペンで中学校の英語教員をしていた彼女は、2015年度に広島大学で教育開発の修士をとるために留学した。

彼女もまた、JDS留学を経てその後の働き方が変わった一人だ。留学中は自身の経験から教員の職務意欲などについて学びを深めた。

日本での生活が初めての一人暮らしでもあり、文化や環境の違いに驚きつつも他国からのJDS留学生と関わりながら充実した2年間を過ごせたという。

また何より「環境の整った日本の大学では非常に勉強に集中でき、自身の関心を深く掘り下げられた」と話す。

帰国後は留学前に所属していた学校の教員に復帰したが、教員の立場では日本で学んだことを活かせる場面が少なく、また得た知識をできる限り積極的にカンボジアの教育現場で役立てたいと思うようになった。

そこで2018年、現在のポストに応募した。入省以降さまざまな政策事業に携わり、2019年には再び日本での研修に参加して、PTAの仕組み、保健教育、学校評価システムなどを学んでいる。

「留学で学んだことは知識だけではなく、日本での暮らしや日本の大学で学ぶ過程そのものもです。私を含め多くの留学生が日本のホストファミリーと交流する機会をいただきました。日本人は物静かですが、自立しており、他人を尊重し、自分に自信を持っています。残念だったのは、日本語を話すことができなくて、日常生活でコミュニケーションがとれなかった
こと。しかし、今現在の仕事でも多くの経験を活かせていると思います」。

将来的には日本で博士課程に進みたい、と希望を語った。

ホストファミリーと一緒に(後列左から3人目がスレイネートさん)

 

※カンボジアに帰国したJDS元留学生たちによるコミュニティー(「JDS Cambodia」Facebookページ:@khm.jds)では、それぞれの状況を共有し合ったり、日本とのつながりを広げる活動を行っている。これからのカンボジアを先導していくリーダーたちの人づくりにも日本が関わっている。