現在、カンボジア国内で配布中のカンボジア生活情報誌NyoNyum123号の特集のWeb版です。
「コロナ禍で変わりゆく日本語観光ガイド」
観光産業で発展してきたシェムリァップ。観光にまつわる多くの仕事と職業が生まれてきました。シェムリァップだけでも、英語、スペイン語、日本語、中国語、韓国語、ロシア語など、世界各国の言語に対応するガイドが約5000人もいます。英語と中国語に続き日本語ガイドは3番目に多く、その数は約800人。
新型コロナの流行から約3年の間に、観光ガイドの生活はもちろん、シェムリァップの観光ビジネスは大きな変化を余儀なくされました。仕事がなくなり生活のために、約3割のガイドが新しい仕事を求めてシェムリァップを離れたり、州内で建設業や農業、トラックのドライバーなどへと職を変えました。そして中には身に付けた日本語能力を活用して、新たな一歩を踏み出した人も。
今回の特集では、コロナ禍で変化した日本語観光ガイドをめぐる環境、そして今後のシェムリァップの観光ビジネスのあり方に迫ります。
コロナがもたらした影響
コロナで仕事がなくなり、新しい仕事に挑戦するガイドたち。ここでは、いろんな課題に直面しながらもがんばっているガイドの方々を紹介します。
ヤム・チャイヤさん(42歳)
コロナ禍でチャレンジした仕事について
2021年2月にプノンペンに上京し、民間の送り出し機関で日本語教師として勤めていましたが、コロナの影響で全国の学校が閉鎖を余儀なくされ、オンラインに切り替えられました。そのせいか、2カ月分の給与を支払うだけの資金が会社になくなりました。この状況が長く続く可能性を危惧し、今の荷物検査会社に通訳として転職しました。
今の仕事をどう思う?
日本語とクメール語の通訳の仕事のほかに業務レポーㇳも書かないといけないので、自分の日本語能力が問われています。特にアパレル分野の専門用語を多く使うので最初は苦労しました。今は大分仕事にも慣れました。ガイド以外の対応で必要になる日本語を学ぶのも初挑戦ですので、今の経験はとてもためになります。
観光ガイドに復帰したい?
観光ガイドとしての仕事に誇りに思っています。シェムリァップに観光で訪れる日本人客は、コロナ終息後には増えると楽観的に思っています。市内のインフラも改善されたので、今後シェムリァップは以前より多くの日本人観光客を迎えることができるでしょう。カンボジアには魅力的な遺跡が数多くあり、そしてクメールの微笑みも日本人の心を癒しています!インスタグラムでカンボジアの観光地を日本人へ紹介し始めました。仕事に余裕があるときは、アンコール遺跡に関連する最新情報を投稿したりしています。
<チャイヤさんのインスタグラム>
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ノン・チャンナーさん(42歳)
コロナ禍でチャレンジした仕事について
2020年11月にプノンペンの親戚の家に下宿しながら、飲料会社の倉庫管理者として働き始めました。コロナで以前の管理者が辞めたので、代わりに夜間通勤も約束してこの仕事に就きました。1年半働いた後、日本語能力を生かせる仕事を見つけたため、倉庫管理の仕事を辞めました。
今の仕事をどう思う?
日本語ガイドとしての日本語の能力では、今の通訳の仕事に十分役立つとは言えないと思います。通訳は、高度な日本語力といろいろな分野の一般知識を持つ必要があります。他の分野の専門用語や表現などももっと学ばなければならないと思っていますが、今の年齢を考えるとちょっと厳しいところがありますね。観光ガイドをしていた頃に、日本語をもっと勉強しておけばよかったと後悔しています。
観光ガイドに復帰したい?
コロナが収束して、日本人観光客数が昔のように戻ったら、家族と一緒に暮らすためにシェムリァップの観光ガイドの仕事に復帰するつもりです !
<チャンナーさんへの観光ガイドのお問い合わせ>
Tel:089-923-345
チャーイソカー・ティリァックさん(41歳)
コロナ禍でチャレンジした仕事について
以前ボランティアで日本語を教えた経験があるため、全国の学校が通常再開して間もない 2022 年 3 月から、シェムリァップに家族をおいてプノンペンの日本語学校で日本語教師、通訳として仕事をするために上京しました。しかし、ちょうど半年経った頃、まだ小さい子供と一緒にいたいと改めて実感し、シェムリァップで観光ガイドを続けることにしました。
今の仕事をどう思う?
20年以上日本人観光客に日本語でガイドを行ってきましたが、人に日本語を教えたり日本語で通訳したりして初めて、自分の日本語能力の未熟さに気づきました。そのため、今は日本語教室に通い直し、漢字の読み書きや文章読解などの学習を深めています。また、正直に言うとプノンペンはシェムリァップと違って生活していた場所の治安が気になっていました。やはりどこよりも住み慣れた自分の故郷が一番ですね!
観光ガイドに復帰したい?
ガイドの仕事をずっと続けます。生まれてきたこの地でカンボジアの歴史、文化・風習を日本のみなさんに知っていただきながら、遺跡の案内を続けていきたいと思います。
自身のFacebookページでアンコール遺跡を紹介している。シェムリァップを訪れたいと思う日本人観光客から個人的に連絡を受けられるようにしている。連絡はラインへどうぞ。
LINE アカウント名:Chhay sothy(チャイ ソテイー)
エン・セインヒャクさん(38歳)
コロナ禍でチャレンジした仕事について
プノンペンでの最初の仕事は低収入だったので、数カ月前に不動産会社へ転職しました。営業経験があったので、不動産会社で働くことはそれほど難しいことではありません。ですが、今の仕事はコロナの影響で収入がまだまだ安定していないので、プノンペンでの生活はまだ不安定な状態です。
観光ガイドに復帰したい?
ガイドの仕事はすごく好きですが、18年ずっとやってきたので、この機会を利用してプノンペンで不動産の仕事にチャレンジし続けていきたいと思います。プノンペンに上京して約2年間となりますが、シェムリァップよりプノンペンの方が仕事やビジネスのチャンスが多くあり、良い教育機関もあります。そして今やっている不動産の仕事にも将来的に可能性があるので、安定した収入が得られるなら、子供の教育のことも考えると家族を連れてプノンペンに住みたいと思っています。
フォン・サンディさん(38歳)
コロナ禍でチャレンジした仕事、今の仕事について
コロナ禍で私が最初に就いた仕事はシェムリァップ市内での建設労働者でした。1日3万5,000リエルしか稼げませんでしたが、当時ガイドの仕事が完全になくなっていたので、家族を養うためにどんな仕事でもやろうと思いました。ですが、体力をたくさん使うので、この仕事に長く就くことはできませんでした。次に、シアヌークビルの中国系企業での接客という新しい仕事に就きました。この仕事は建設労働者より楽でしたが、半年働いても3カ月間分の給与しか支払われなかったため、雇用主にだまされたと気づき、辞めました。その後、ポイペトのカジノで4カ月働いていましたが、生まれる予定の子供もいたので、シェムリァップに戻りました。
観光ガイドに復帰したい?
コロナ禍でガイドの仕事はどん底の状況に陥りましたが、やはり私はカンボジアの伝統・風習を日本の観光客のみなさんに知ってもらいたいので、この仕事を続けていくつもりです!
サンディさんは個人でオンラインによる日本語ガイドをしている。
また、観光用の車両のレンタルサービスも(詳しくは直接お問い合わせください)。
Tel:012-301-797
セーン・スレイレァクさん(40歳)
セーン・スレイレァクさんは、2013年の日本語ガイドスピーチコンテストで優勝した。日本語ガイドスピーチコンテストがあることで、ガイド職への意欲、日本語と日本の文化の勉強への意欲が高められたと振り返るスレイレァクさん。
「コンテストに参加したことにより、観光ガイドという仕事に役立つ幅広い知識を身に付けないといけないと感じました。また常にさまざまな情報にアンテナを張ってより多くのことを学ばなければならないと改めて思いました」
良いガイドになるためには自国の歴史や文化だけでなく、日本人観光客がカンボジアのことを簡単に理解できるように説明する「技」を持つことも重要だ。そして何よりも日本の歴史や文化、生活習慣についてもよく知っておく必要があるという。
2013年のコンテスト出場時の思い出があるという。
「当時は、案内したお客様を空港で見送った直後に飛行機でプノンペンへ上京し、スピーチ大会に出ました。疲れも緊張もありましたが、何とか乗り越えました。試験のために多くのことを準備して臨みました。このスピーチ大会は私のガイドのキャリアの中で最高の良い思い出です !」
スレイレァクさんは今、コロナ禍でガイドの仕事が激減したため、シェムリァップのアンコール共生病院で通訳として勤めているという。
※日本語ガイドスピーチコンテストに出るには?
・一般知識を問う筆記試験に合格すること。
・試験に合格したら、興味のあるトピックを選択してスピーチ原稿を作り、観光省と在カンボジア日
本大使館が共催で実施するスピーチコンテストで5分間のスピーチを行う。
※通常、5年ごとに開催されている。
コロナ禍で始めた新たな挑戦!
3年以上経済に打撃を与えてきた新型コロナはシェムリァップの人々の生活やビジネスに多くの変化をもたらしました。このような状況で、独自の新しいビジネスを始める日本語観光ガイドも少なくないのです。ビジネスを立ち上げ経営者となった元日本語観光ガイドの思いに迫りました。
レストランでお客様をおもてなし
ハウ・ホッチさん(42歳)
ガイドをしながら、2018年8月にレストランを開業していたホッチさん。新型コロナが流行すると、店は閉店せざるを得なくなった。
収束の目途が見えなかったものの、行動が制限されている市民にストレスを解消してもらい、清潔感と開放感のある場所でゆっくり家族と食事を楽しんでほしいという思いで、ホッチさんは 2021年12月に「アーバン・ツリー・ハット」というレストランを新しく開業した。
今ホッチさんのレストランは市内のカンボジア人客で少しずつ賑わうようになっている。
レストランを休業している間、ホッチさんは母親から譲り受けたレシピでクメール菓子を作り、オンライン販売をしていた。
「コロナがシェムリァップで拡大するにつれて、次第に観光客の姿も見えなくなってきました。子供の教育費と家族を養うために最初に頭に思い浮かんだのが、このクメール菓子のオンライン販売でした」
しばらくして、コロナ直前から手掛けていたレストラン経営の経験と手元にある貯金を元手に再びレストランを開くことを決めた。レストラン経営についてホッチさんは次のように語ってくれた。
「このためにすべての貯金を使っているので、慎重に資金を回さないといけません。特に私はキッチンの管理から料理がお客様のテーブルに運ばれるまで、細かく見るようにしています。新鮮な肉や野菜を仕入れるため、朝早く起きて市場にも出かけます。食材の管理方法にも細心の注意を払っています。来店するお客様の人数が不安定で管理しづらいところがありますが、食材を余らせないよう、そして清潔第一なので、スタッフにもしっかり教えています」
観光ガイドの仕事にも愛着を見せるホッチさん。シェムリァップに日本人観光客が多く戻るようになったら、ガイドの仕事とレストラン経営を両立してやっていきたいという。
「ガイドの仕事は、遺跡の案内を通してお客様が喜んでくださるような旅を作ってあげることが大切だと思います。レストランもガイドの仕事と同様にお客様に喜んでいただけるようもてなす仕事ですので、これからはぜひこの二つのサービス業を両立させて日本のお客様をお迎えしていきたいです」
おすすめメニュー
Urban Tree Hut
Add : St. 27, Wat Bo Village, Siem Reap
(200m east side of Panasastra University of Cambodia)
Tel : 011 888 997、087 800 004
ローストダックはいかがしょう?
リェン・ラッターさん(41歳)
私がローストダックの販売を始めたのは、コロナによる外出制限が緩和された 2021年の初め頃でした。2017年頃からすでに日本人観光客が減少していると感じていました。家族を養うためにガイド以外の仕事で収入を得る必要があると考え、家族でできるこのローストダック屋台を立ち上げようと構想していました。そんな折にコロナで日本人観光客のみならず観光業全体がドン底に落ちてしまったため、急いでこの商売を始めました。
今から5年ほど前に友人の家を訪れたのが、今の商売のきっかけになります。自分の家で飼育していたアヒルと豚肉をグリルしてもてなしてくれたんです。その時食べたアヒルのグリルは、カリカリして香ばしく、美味しさが忘れられませんでした。田舎の素朴な料理の美味しさを都会の人や外国人観光客にも味わってほしいと思い、その友人に作り方を教えてもらったのです。
ただ、コロナ禍では値段をいくら安くして販売しても買ってくれる人がほとんどいませんでした。当時は誰もが家計が火の車。商売が初めての私にとって、日々の食材準備や新規客開拓も手探り状態で大変でした。同じカンボジア人でも人の心をつかむことは難しいですね。ツアーガイドのキャリアとまったく違うジャンルですが、今はお客様も徐々に増え、ようやく最初の苦労を乗り越えられたと思っています。これからもこのローストダック販売を続けたいと思います。
コロナが収束しシェムリァップを訪れる日本人観光客が元通りの状態に回復しても、この商売をやめるつもりはありません。今は毎晩私の屋台にローストダックを買いに来てくれるお客様の姿を見て、幸せを感じています。ですから、可能ならガイドとこの商売を両方続けたいですね。
この商売は農家を助けることにもつながると考えています。そして、値段も高くないため、お金持ちもあまりお金がない人もみんなが美味しく楽しめます。栄養もたっぷりなので、健康にも貢献できているのではないでしょうか。
路上販売は 1,000ドル程度で開業できます。レンタルスペースも安いし、調理・販売もあまり手間がかからないので、時間をうまくやりくりすればガイドの仕事もできると思っています。
「美味しいローストダック作りのコツ」を伝授してくれました!
・アヒルは生後 3 カ月半から 7 カ月のオスの肉を使うこと。
・養殖のアヒルではなく、自然環境で育てたアヒルを使うこと。
・ニンニク、唐辛子、ヤシ砂糖、ミルク、旨味調味料、酒を混ぜたものに漬ける。少なくとも半日放置し、可能であれば一晩か一日冷凍してから焼くこと。
また、ラッターさんは個人で日本人観光客の案内も受け付けている。希望の方は以下のサイトからご連絡を!
To Asia Trave カンボジア日本語ガイド ラッター
コロナが新しいチャンスを与えてくれた!
セイム・ベスナーさんはベテランの日本語ガイド。これまで紹介したガイドと同様、コロナ禍で失業してしまいましたが、新たなチャンスをつかみ取り、現在では日本に渡って通訳の仕事をしています。「コロナが観光業をドン底にしたからこそ、私にとっては他の職業にチャレンジする機会がやってきたようなものです」と言うベスナーさんに話を聞きました。
セイム・ベスナーさん(40歳)
シェムリァップ生まれで 2005年から日本語観光ガイドとして働いてきたベスナーさん。経験も豊富で、日本人観光客にとても人気があるという。長年のガイドの仕事の中で、ベスナーさんは日本人観光客から日本の接客文化を学び、それを自分の仕事に生かしてきた。
日本語への愛着と日本語を使う事務系の仕事に就きたいという願いが叶い、日本にいる友達の誘いで2022年4月に日本へ渡航。現在は島根県にある外国人技能実習生の協同組合で、通訳兼ファシリテーターという新しい仕事に全力で挑戦している。
「来日して半年が経ちましたが、この仕事を通じて自分自身についてより理解できるようになりました。日本人観光客を案内するガイドの時は、自分が習得した日本語の範囲内だけでも喋ることができましたが、日本で働くようになると、自分が話す日本語の表現がまだまだ十分でないことに気づきました。会社ではオフィシャルな日本語の表現を使う必要があります。特に日本語でレポートを書いたり、日本語の書類を読んだりしているので、高度な日本語表現を覚える必要があるとひしひしと感じます。自分の足りないところに気づき、それを補うために仕事の傍ら今でも日本語を学び続けています」
日本での生活は、一般的なコミュニケーションは特に問題ないという。職場では日本語で一緒に仕事をする日本人やベトナム人の友達がたくさんできて、充実した日々を過ごしているようだ。
「今後、観光ガイドに復帰する気持ちは?」という質問に対し、「日本人観光客を案内するツアーガイドとして長く働いてきましたが、これからは今のキャリアでステップアップしていきたいと思っています。もし日本での仕事が長く続かずシェムリァップに帰ったとしても、日本で経験を積ませていただいている事務系の仕事に就きたいと思っています」と語るベスナーさん。
コロナ禍で日本に渡航した自分の人生についてベスナーさんは、「コロナが私に新しい経験、チャレンジの機会を与えてくれたのだと思っています。だからコロナによって仕事を奪われたと思うよりは、自分に新しいチャンスをもたらしてくれたと思えれば、新しい発見をこの苦難から見つけ出せるのではと思っています」と振り返った。
日本での仕事もすべてが順調というわけにはいかないだろう。でも、ベスナーさんなら困難をチャンスに変えてこれからも前に進むに違いない。
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