「昔は金属の鍋がなかったからね。この村のみんなが土鍋を作っていたよ。1軒に4〜5人ずつ作る人がいたかねえ。1年中毎日、村のどこ
かで野焼きをしてたよ」
ムーンばあちゃんです。ここオンドン・ルッセイ村生まれ。15才から土器作りを始め、77才の今も現役です。煮炊きなどに使われるチュナンと呼ばれる土鍋、コームと呼ばれる水などを保存する甕( かめ) を60年余りずっと作り続けています。
コンポンチュナンとは「鍋の港」を意味します。道路交通が発達する前は、トンレサップを行き交う舟に土鍋などの土器が積み込まれ出荷されていました。ばあちゃんも港まで売りに行っていたと言います。「大きな舟が港に泊まっていて土鍋でいっぱいだった」カンボジア伝統陶器プロジェクトは「焼き物の村」オンドン・ルッセイで陶器生産を地場産業として振興させたいという願いがありますが、一方で、伝統的な土器作りにも強い思い入れがあります。
「最近は土鍋は売れなくなったし、作って売っても安くてねえ。ろくろで作った素焼きの方が高く売れるし、若い女の子たちは工場へ勤めに出たりして、土鍋を作る人はずいぶん減ったよ」
カンボジアの他州ではすでに土器の生産が途絶えてしまった村もあります。時代が激しく変化する今だからこそ、素朴でおおらかな土器に生き延びて欲しいと思うのです。ばあちゃんにとって焼き物作りとは?と尋ねると「生活のために作ってきたから、好きとか嫌いとかじゃないねえ」とあっさり。以前は1
日に15個から20個ほど作っていたそうですが、今でも1日10個ほど作っています。ばあちゃんの家族の生活を支えてきた土鍋作り。村の日常の暮らしの中で、ものづくりがとても輝いています。
明 博史(Hiroshi AKE)
カンボジア伝統陶器プロジェクト、コーディネーター。陶器生産を地場産業として盛り上げるべく、セールス、マーケティング、生産管理などを担当。日本でテ レビニュース・ドキュメンタリー番組制作、写真、ウェブサイト制作などメディアの仕事に関わったあと、2000 年、初カンボジア。2009 年、地雷・不発弾対策支援NGO のカンボジア事務局代表としてバッタンバンに赴任。任期終了後、「カンボジア伝統陶器プロジェクト」に参加。このコラムでは村のメンバーたちのストー リー、声を伝えていきます。
2015.12-2016.1月号(第80号)掲載
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