ある日系企業の式典通訳の時、ソー・ケーン副首相が出席された。私のことを認識した副首相は、最後に会場に向かって「彼女はプロの通訳で、言ったことをすらすら通訳できるんだよ。私は彼女をよく知ってるよ」って自慢してくれた。
副首相とはあるクライアントが呼ばれたある方の個人的な晩餐会でご一緒したことがあった。私はクライアントの後ろに座って通訳に徹しているので、完全な黒子なのだけど、ある会話で一気にその場の「主役」が私になった。
会話が弾み、内容が「猥談」になったのだ。ロシア語の同時通訳第一人者の故・米原万里さんのエッセイにもあるが、お偉い方々は宴のコミュニケーションツールとして「猥談」をすることが多いという。ここカンボジアでも同じなのだ。
出席者1 人ひとりが、順々に自分の「持ち猥談ネタ」を披露して、大笑いしながら楽しく和やかなお食事をしている脇で、私は必死に猥談メモを取り、通訳する。最初は当たり前のように聞いていた閣下、令夫人たちも、だんだん笑いのツボが私に移動してくるのだ。「さあ、通訳さん、この話をきちんと訳せるカナ?」と。会話のテンポを崩してはならないし、こっちは必死でメモを取り、空腹を抑え、あなたも飲みなさいと言われてクイッといったシャンパンでほろ酔いになっている。
ある意味極限状態の中で、ある方が長いストーリーを展開し始めた。いちいち通訳のために区切ってくれない。カンボジアの閣下、令夫人がハハハと笑っている横で、私のクライアントである某会長は、早く内容を聞きたいとウズウズしている。話が終わって私が一気に「猥談」を通訳し始めると、宴の出席者がみな、興味津々な様子で私を見るのだ。
発言者の抑揚の通りに面白おかしく通訳し終わると、某会長は「わっはっは」と笑い、閣下、令夫人は私の通訳振りに感心し、猥談を通訳しきったことへの感嘆を含んだ笑いが起こるのだ。私の評価が一気に上がったのは言うまでもない。
あの日、副首相が私を自慢したのは、「猥談が通訳できるプロ」として認められてたからなんだろうな…。たぶん。
2013.2月-3月号(第63号)掲載
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