NyoNyum124号特集⑧:カンボジア柔道の向上に向け、主催国でのメダル獲得を目指す
NyoNyum124号特集⑧:カンボジア柔道の向上に向け、主催国でのメダル獲得を目指す
2023.05.04

今回は、いよいよ開催が迫ったSEA Games 2023についての特集をWebでも紹介します。

 

「開催迫る!SEA Games 2023 in Cambodia~奮闘するカンボジア人選手たちのトレーニング記録~

来たる5月にカンボジアでSEA Games(東南アジア競技大会)が初めて開催されることをご存知でしょうか。

準備に向けて政府が発足したSEA Games実 行 委 員 会(CAMSOC;Cambodian SEA Games Organizing Committee)を中心に、さまざまな準備がコツコツと進められています。

1959年の第1回大会から64年目となる2023年、カンボジア政府がようやく自力で開催を主催するに至りました。そして、史上初めて自国開催となったカンボジアの選手たちは、誇りを胸にトレーニングに取り組んでいます。

間近に迫った大会当日に向けて、コツコツと頑張っている選手やコーチ、支援団体の様子、そして SEA Gamesにまつわるあれこれをお届けします !

 

【これまでの記事】

 

カンボジア柔道の向上に向け、主催国でのメダル獲得を目指す

柔道本拠地の日本で柔道家から直接指導を受ける

小川郷太郎元在カンボジア日本大使を通し、フン・セン首相からカンボジアの柔道を向上させたいという要望を受けた柔道家・濱田初幸さん(67)。

2022年8月にその依頼を受けてすぐさま、これまでカンボジアと関わりのなかった濱田さんは家族や関係者と相談し、SEA Gamesに出場するカンボジア柔道ナショナルチームの選手たちの指導をすることを決断。

日本において柔道選手の育成や指導に長年関わってきた濱田さんに、選手たちのトレーニングの状況とカンボジア柔道の未来について伺うことができました。

 

今回は在カンボジア日本大使館の協力でカンボジアから6人の選手とコーチ1人を日本に招聘されたと伺いました。皆さんはどのようなスケジュールでトレーニングに取り組んでいますか。

朝から晩まで非常に厳しい稽古を行っています。午前中のトレーニングは朝6時40分から8時前までの約1時間。神社の階段を利用した上り下り(ダッシュ、おんぶ、片足)を240段以上やります。

そして、10時から12時半まで常盤道場会の道場で柔道の「技の研究」をします。技を掛けるタイミング、相手を抑えるためのコツ・技術、柔道の試合において重要なポイントとなる「組み方」の練習を、激しい段組みではなく私の説明を入れて反復トレーニングを約2時間半やります。

理論的にこうすればこうなるのでこうしよう、こうなったらこういう形で攻めよう・守ろう、という頭を使った柔道を、激しい攻防ではなくビデオを使って研究したり、私の経験から得た技術の基本から応用まで繰り返し繰り返し行っています。これが午前中の日程です。

午後は3時半から7時半までの稽古です。この時間は、実践的な激しい攻防を繰り返す稽古を行っています。「出稽古」と言って、高校や大学、愛媛県立武道館など、いろいろなところに稽古に行きます。時には夜8時までやります。

それで一日の日程が終わりますが、このようなトレーニングはカンボジアの柔道が立ち上がって以来、カンボジア人が経験したことのない激しい稽古、質の高い稽古、休みのない稽古です。そんな稽古を日々積み重ねているところです。

柔道の基本、精神、技などすべてを伝える濱田先生

 

カンボジア選手のトレーニングにはどういう点に力を入れているのでしょうか。

先ほど述べたプログラムを日々一緒に行いながら、柔道の技術向上に取り組んでいますが、実はこのトレーニングは柔道の技術だけを教えているのではなく、人間力の向上にもつながります。柔道は高い人間力がないとできません。それなしには競技はできないものなのです。

日本では「心技体」という言葉があります。この「心技体」という日本の柔道精神をカンボジアの柔道選手に身に付けさせたいと思います。

 

カンボジアの柔道選手たちの印象は?

カンボジアの柔道選手は、非常にまじめです。それほど積極性は見られませんが、皆練習には休まずについてきているので、愛媛県の柔道の先生方も「まじめでよく頑張っている!」と、誰もが褒めています。

凛とした表情で練習に臨む

 

日本でのカンボジア選手の生活の面倒はどなたが見ているのでしょうか。

生活面を支えてくれているのは、愛媛県の柔道関係者、我々の友人・知人といった方たちです。柔道着を無償で提供したり、日本は寒いのでトレーニングウェアをプレゼントしてくれたり、けが・病気になっても医療関係の人たちが無償で診察してくれたり、虫歯になった選手の治療を無料でしてくれたり、毎日果物や衣料品を提供したりしてくれています。

そういったお世話はすべて無償またはボランティアで成り立っています。カンボジアの選手たちの身体の疲れを癒してあげようと、愛媛県の人たちが主にしてくれています。医療費、PCR検査、風邪を引いたとき、膝や手首、肘のけがをしたとき、すべて知り合いの医師がボランティアで対応してくれているんですよ。

日本のおもてなしの精神がそのままカンボジアの選手たちの支えとなっています。私自身が申し訳ないと思うほどで、「感謝」以外の言葉が見つかりません。特に柔道着はカンボジアでは非常に高いので、新しい柔道着を一人 3~4着ずつプレゼントしてもらったりしています。

日本ではトレーニング用の様々な支援を受けた

 

選手たちは日本での生活は慣れた様子ですか。

まったく問題ないです。食事も私の家にも招待したり、いろいろな方の招待も受けていますが、食べ物もおいしいし、安全だし、きれいだしということで、快適に過ごしています。練習は厳しいですがそれ以外は快適に過ごしていると思います。

 

カンボジア柔道の魅力とはどういったものがあると思いますか。

カンボジアの柔道を初めて見たときは自分のこれまでの柔道の経験から言うと、実力のなさ、基本技術のなさにショックを受けました。まだまだレベルが低いということを実感したのです。基本の基本からやっていかないといけないと考えました。

強化合宿がスタートしてカンボジアから日本の松山に来て、12月、1月と2ヶ月経ちましたが、実力がかなり早く上がり始めたところが印象的でした。ただし、それはカンボジアレベルの実力の中で上がったのであって、他の ASEAN 諸国と比べて実力がどの程度追いつき、追い越せたかは未知数です。SEA Gamesの前に国際大会や練習試合をASEANの国々とできるチャンスがあれば、その時にASEANにおけるカンボジア柔道の実力、レベルが測れると思います。

しかし、今日本で行われている稽古は私自身も現役時代にオリンピックや世界選手権を目指してやってきた稽古の1日のスケジュールと同じです。私自身が、それがどれくらい大変かをよく知っています。このトレーニングは確実に彼らのためになっているし、カンボジア柔道の発展の原点になると思っています。

この原点が将来のカンボジア柔道界の発展に必ずつながると信じています。それほど質と量の高い稽古をしているので、20年後、30年後のカンボジア柔道の発展につながると思うと嬉しいです。

 

SEA Games 2023へ向けての意気込みを教えてください。

小川元大使をはじめ、多くの日本人が「応援団」を作って支えてくださる中、こうして最前線での指導を任されているわけですから、その関係者の皆さんへの感謝をもって金メダルを目指し、オリンピックメダリストであり世界選手権でも王者となった中村美里コーチやカンボジアコーチのヴィボルさんと共に力を合わせ、必勝の覚悟で挑みます!

日本人の心からの応援を胸にSEA Games本大会でのメダル獲得を約束した

 

柔の道をコツコツと。日本での強化合宿に励む

柔道の試合でメダルを獲得したマリさん

ラウン・マリさん(20)は、柔道ナショナルチームの選手。SEA Games 2023に出場するため、2023年1月から3月の 3ヶ月間、日本での合宿に参加しました。日々のトレーニングに猛然奮起のマリさん。自国でのトレーニングと違って、日本ではどのようなトレーニングが行われたのでしょうか?

日本の道場で稽古したマリさん(一番左)とお世話になった日本語の先生(真ん中)との記念撮影

兄が空手と柔道の選手であることからスポーツに関心を持つようになったというマリさん。兄の紹介で健康と護身術のために空手を習い始めた。当初通った空手教室は日本語教育機関の一部であり、それをきっかけに日本語学習も柔道も始めたという。

「兄の紹介で空手のトレーニングに行ったら、そこでは日本語と柔道も学べるようになっていました。日本語と柔道は日本人の先生に指導を受ける機会が多く、次第に柔道が好きになりました」。

2019年に柔道教室に入って以来、国内外のいくつもの試合に出場している。今までの実績としては銀メダル1個、銅メダル3個を獲得した。柔道の実力と日本語力をあわせ持つマリさんは2022年6月に柔道のナショナルチームの一員に抜擢された。

多くの仲間に囲まれてメダル獲得を喜び合う

 

日本でのトレーニングについてマリ選手はこう語る。

「国で経験したことのないトレーニング日程がぎゅうぎゅうで、新しく学ぶことも多くありました。一つの例として、体を鍛えるために朝のトレーニングで神社の階段の上り下りをしたりしました。今までに使ったことがない筋肉を駆使するので最初は筋肉痛が辛かったのですが、次第にだいぶ慣れました。稽古のときのルールも厳しいし、相手をしてくださる日本人選手も強いし、1 日に30組(30回)も相手と組んでトレーニングを繰り返す。このようなハードなトレーニングのおかげで、相手の技を自分の肌で学んだり、相手に勝つために自分なりの技を見つけたりできました。プノンペンでは1日に10組を超えない程度しかやっていなかったので、最初の頃は体全体の筋肉痛や軽いけがなどもありました。泣きながら日本の選手と稽古したこともあります。けれども、私たちは誰一人として音を上げずに日々の特訓に耐えて頑張ってきました」

柔道選手 6 人とコーチ 1 人で日本でのトレーニングプログラムに出発する時の空港での記念撮影(マリ選手が左から 3 番目)

「日本で習得したことは?」との質問に対し、「ここにおられる日本の柔道の先生方をはじめ、選手の皆さんも周りの支援者の皆様も温かく接してくださるので、日本での生活も柔道の稽古にも早く順応できるし、順調に進みました。新しく挑戦したこともたくさんあります。体を鍛えるだけでなく、今まで学んだことのない精神的な訓練です。すなわち、柔道とは前向きで挑戦的に向き合わないといけないということを学びました。また、トレーニング中には日本人の先生、選手がいろいろな技を共有してくださったりして、若手のカンボジア柔道選手の糧となりました。日本の柔道の稽古は規律が厳しいということもよくわかったので、将来そのような考え方を国で役立てたいです」とマリ選手。

自国が初の主催国となる 2023年のSEA Gamesでのメダル獲得を目指して日々のトレーニングを重ねてきた。日本で磨いた技を発揮して最善を尽くしたいと話す。最後に、「今回の3ヶ月間の日本での強化合宿に協力してくださった日本の選手や先生方、また日々の生活をお世話してくださった日本の皆様に深く感謝したい」と語ってくれた。

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