日本の文化、カンボジアの文化と聞いて、皆さんはどんなことを思い描きますか?
文化は人類が、それぞれの地域や社会においてつくりあげ、伝承してきたもの。
異なる文化の中で育っていても、自分の考えを伝えることで共感しあい、新たな文化をつくりあげることもできます。
国際文化交流の専門機関として日本とカンボジアの交流に取り組んでいる国際交流基金プノンペン連絡事務所と、カンボジアの文化や社会を多面的に伝え続けてきたニョニュムが、旬の文化人や文化交流のキーパーソンをご紹介します。
~世界中にある境界線を追う~ リム・ソクチャンリナさん
写真、映像、インスタレーション、パフォーマンスなど多岐にわたって活躍するアーティストのリム・ソクチャンリナさん。
主な展覧会は、国際交流基金アジアセンターが国立新美術館、森美術館と2017年に共催した「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現代まで」、「シンガポール・ビエンナーレ2019」など。
精力的に活動するリナさんに、作品作りに対する想いを聞きました。
Q.2018年の「シドニー・ビエンナーレ」に続き、2019年には「シンガポール・ビエンナーレ」にも出展されました。これは、リナさんにとってだけでなく、カンボジアの現代美術界にとっても喜ばしいニュースだと思います。どんな作品を出展されたのか教えてください。
シンガポール・ビエンナーレに出展したのは、タイで働くカンボジア人労働者の生活の様子を表した「LETTER TO THE SEA;海への手紙」という映像作品です。
2018年に国際交流基金のサポートを受けて、カンボジア人の漁師の生活を2カ月半調査しました。
そこでわかったのは、何年間も陸地に上がれず海上での過酷な業務が続くということでした。彼らの声なき声を届けたいと思い、海底でメッセージを読み上げました。
このためにダイビングの資格もとりました。海底でメッセージを読むことで、気泡が海面に浮かび上がり世界中につながる海に漂うことで、多くの人々にこの声が届いてほしい。
そして海で命を落としたカンボジア人漁師の魂にも届いてほしいという願いもありました。海底で文章を読むのはたやすいことではありません。でも、私のようなアーティストにとってこれは意義のあることなんです。
Q.作品への反応はどうでしたか?
主催者から称賛や驚きの反応が多く寄せられたと教えていただきました。
私の作品を通じて、カンボジア人だけでなく他国の労働者たちの苦しみを考えてもらいたい。私はその代弁者でありたいと思うんです。
この作品は今年7月中旬に大阪でも展示する予定になっています。
苦しみを抱えるカンボジア人漁師の現実を、日本のみなさんに知っていただくきっかけとなればと願っています。
Q.「LETTER TO THE SEA」を作るに至った原動力になったものは?
私はミクロ経済に関心があります。個人や家族の経済行動に興味があるんです。
ノートン大学で経済学と開発学を学んだこともあって、私の作品は経済と政治、環境などに密接に関連しているのだと思います。
カンボジアがどのように進歩・発展できるかを常に考えています。
労働者1人1人が、経済の一部を担っています。
だからこそ、私は労働者の生活がどのようになっているのか、どうして他国へ移ってまでも就労するのかを知りたいだけなんです。
そして作品を通して、労働者の思いとその苦労を表現したいんです。
この作品は今年の7月半ばから9月まで日本の大阪市でも展示しています。
Q,リナさんの作品スタイルに「境界線」があると感じたのですが。
トタンで遮られた風景を写したFutureシリーズのことですね。
私は「目に見えない境界線とは何なのか」について関心を持っています。
トタン板がその答えの一部なんです。トタン板があると、その内側は外にいる我々からは見えない。
たとえば、ある土地にトタン板があったとします。
その板の内側は誰かが所有しているという意味ですが、私たちは板の前なら歩いて通ることはできます。
すなわち、その直線のトタンが何かを分ける作用をしています。
この直線は時に見えて、時に見えない線なのです。地図を考えてみてください。
実際の地球上には線が引かれているわけではないのに、違法になるので人々はその国境という線を越えることを躊躇します。
私が国を越えて働く労働者のことを知りたいという欲求にも関係します。
世界にはなぜ線の境目があるのか、なぜ分断されるのか、なぜ個人と公的なものに分けるのか。こういう質問に私自身もまだまだ答えられません。
Q.これから取り組んでみたいテーマは?
タイから帰国したカンボジア人労働者についてです。
よく調査をして伝えることで、タイに行きたいと思っている若者たちにタイでの労働環境がどのようなものなのか知ってもらいたいのです。
Q.カンボジアでは、アートマーケットは成立していますか?
カンボジアのアートマーケットはまだ非常に限られています。実際、コンテンポラリーアートを知っているカンボジア人は非常に少なく、作品を購入する人はほとんどいません。
いたとしても、裕福なカンボジア人、または海外留学や海外在住経験者でアートの価値を学び、その価値観を知っている一部の人です。
私は個人のアーティスト活動以外に、 2010年から「Sa Sa ArtProject」という名でカンボジアのコンテンポラリーアーティストを支援するグループ活動もしています。
一般の方向けにアートの見方を教えたり、制作のレクチャーもしています。その結果、お金を払ってアート作品を購入する人も増えてきました。
Q.カンボジアのアーティストは、アートだけで食べていけますか?
もちろん、アートの分野でも他の分野と同様で、確固たる信念を持っていれば成功し、良い生活を送ることができると思います。
しかし、コンテンポラリーアートの世界はその存在を知っている人の数が限られているため、作品が認知されるまでに少し時間がかかります。
今はアーティストにとっては苦しい時期だという人がいますが、私に関していえば、この数年間は芸術だけで完全に独立して生活することができています。
Q.コロナ禍での活動状況や、それを乗り越える試みについて教えてください。
プロのアーティストとして、どんな状況であっても前進していくことが大事です。
コロナ禍で人に会うのは難しいですが、風景を撮影したり、風景の変化を研究したりしています。
私の仕事は自分1人かアシスタントと2人でできるので問題ありません。だからこそ、コロナ渦でも活動を続けることが重要だと思います。
ちなみに今年末には台湾で "ASIAN ART BIENNIAL“ が開催されるので、2010年から撮影した作品と今のコロナ渦で作っている作品を合わせて、「プノンペン2043年」という新作品を出そうと思っているんですよ。
Q.今後、欧米など新しい地域に活動を広げられる予定はありますか?
将来的に、欧米でも自分の作品を展示したいです。
もちろん、自分の名声のためでなく、カンボジアを世界中の人に伝えたいという狙いがあります。
カンボジアがどう変化しているのか、そして国際社会とどのような関係を持っているのかを知ってほしいのです。
Q.好きな日本のアーティストはいますか?
何度か訪日させていただき、日本人アーティストとも交流しました。
私が愛して尊敬している日本のアーティストは、杉本博司さんという方です。彼は「時間」を撮影する写真家であり、私は彼のアートワークから多くのことを学びました。
世界の映画界に多大な影響力を与えた映画監督の黒澤明さんの作品も好きです。
想像を具体的なイメージにする、言い換えれば抽象的なものを実物に変えるというところが魅力的です。
お二人の作品から私は多くの刺激を受けており、自分の作品制作時に反映させているものもあります。
Q.日本とカンボジアの芸術交流を進めるためには、どんなことが効果的だと思いますか?
日本とカンボジアのアート交流に対して、もっと積極的に協力関係を構築すべきだと思っています。
その意味において、アジアのアーティストをサポートしてくれる国際交流基金に感謝しています。訪日させていただき、本当に素晴らしい経験を得ることができました。
ただ、作品の交流となるとまだ活動が限られているので、その面でもっと交流のチャンスをいただきたいです。日本のアーティストを招待してカンボジアで交流するのもいいですね。
視覚芸術だけでなく、パフォーマンスによる交流も実現させてほしいです。こういうワークショップなどのさまざまな企画が、カンボジアと日本の友情の強化と芸術の振興につながると信じています。
リム・ソクチャンリナさんの主な作品
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