2月10日に発行したカンボジア現地情報誌NyoNyum 93号内の特集記事をWEBでも紹介♪
カンボジア昔話②「隠れてしまったメコン川のイルカ」
●クラチェ州・メコン川に伝わるお話●
メコン川は、はるか遠くのチベット山脈から中国、ミャンマー、タイ、ラオスとさまざまな国を通ってカンボジアにやってきます。ストゥントレン州からカンボジアの地に流れ込んだメコン川は、やがてプノンペンへと流れ、そこでサップ川と合流しさらに大きな川となります。そしてカンダール州とプレイヴェン州の州境からベトナムへと国境を越え、はるかな旅路の末に南シナ海に到達します。
むかしむかし、メコン川の至る所にイルカがたくさん暮らしていました。イルカは大きな魚に見えますが、犬や猫と同じ哺乳類の仲間でとても利口な動物です。イルカの大好物は魚です。カンボジアの漁師も漁をして魚を捕りますが、イルカと漁師はお互い仲良く暮らしていました。ある時子どもが川に落ちてしまったことがありました。その子はまだ小さくて泳ぐことができません。イルカは溺れている子どもをいち早く発見し助けました。こういうことは一度だけではなく、各地で同じような話が聞かれました。昔から人間とイルカは、メコン川で共に仲良く暮らしていたのです。
そんなのどかな川沿いの村に不穏な時代がやってきました。戦争が始まり、仲良しだった漁師や子どもは川へ来なくなってしまいました。イルカはこの時初めて戦車やヘリコプターを目にしました。時折大きな爆発音がしたり、村から黒い煙が上がりました。しばらく経ったある日のこと、人間が久しぶりにボートに乗って川の中ほどまでやってきました。「仲良しだった子どもたちが漁師になって帰ってきた!」。久々の再会に胸を躍らせたイルカたちは嬉々として近づいていきました。しかしボートに乗った2人の人間は漁師ではありませんでした。手には魚を捕る道具ではなく、小さな何かを持っています。「それ!」と掛け声をかけ、1人がその小さな何かを川に放り投げました。「ドカン!」「ザザーーー」。川面に白い水柱が立ちました。大きな爆発の衝撃に、イルカたちの耳と心臓は張り裂けてしまいそうでした。爆発の近くにいた魚の多くは気絶し、水面に次々と浮かんでいきます。
「やった! 今日は魚をお腹いっぱい食べられるぞ!」。2人の人間は、水面に浮かんできた魚を大喜びで捕まえました。川に投げ込んだ小さなものは、戦争の時に使っていた爆弾でした。そして2人はまた別の場所でも爆弾を投げ込んで、川の魚を大量に採っていってしまいました。
その後も人間たちは何度も爆弾を川に投げ込み、川の魚を根こそぎ捕ってしまいます。食べる魚がめっきり少なくなり、イルカたちはお腹を空かせ痩せ細ってしまいました。また、エンジンの付いたボートの音が聞こえると、爆弾を投げ入れられるのではないかとおびえてすぐに逃げてしまうようになりました。こうしてイルカたちは、人間に見つからないメコン川の奥へ奥へと住処を変えていったそうです。
クラチェ州カンピ村の近くを流れるメコン川にはたくさんの中州があります。複雑な地形をしており危険からすぐに隠れることができるため、かつてメコン川の至る所に生息していたイルカたちは、現在ではこの辺りを安住の地として暮らしています。もうイルカと人間は友達になれないのでしょうか? イルカたちは遠くから人間の様子を伺っています。
お話の舞台を訪ねよう
クラチェは大河メコン川が南北に縦断し、森林が広がる自然豊かなカンボジア東部の州。州都クラチェ周辺の川には淡水イルカが生息し、ドルフィンウォッチングが楽しめることで知られる。和名でカワゴンドウ、または英名でイラワジイルカと呼ばれる種類のイルカで、左ページの絵のように頭部が丸いのが特徴で、にっこり笑ったような顔をしていてなんとも愛くるしい。
※クラチェにあるイルカのモニュメント(左)、観光客が小さなボートでドルフィンウォッチングに出かけていく(右)
このお話は、今回紹介しているほかの3つの話とは違い、伝説というよりも実際に起こったことを元にしたようなお話。メコン川では内戦中、兵士がいたずら半分にイルカを射撃の的にしたという胸が痛む話もあり、一時その数は激減してしまった。90年代後半頃からイルカ保護の動きが始まり、現在ではクラチェ州からストゥントレン州のメコン川に約100頭以上のイルカが生息しているという。話の舞台、カンピ村はイルカの研究と保護のために開発された自然リゾートとして、観光・行楽客を受け入れている。イルカと人間が仲良く共存できるよう、「川で泳がない」「ゴミを川に捨てない」「大声や物音を立てない」といったマナーを守ってイルカ観測を楽しもう。
ACCESS
プノンペンから
国道7号線経由の陸路で340キロ。プノンペンソリヤトランスポートなど地元のバス会社が運行するクラチェ行きのバスで所要時間は約6~7時間。イルカ観測のボートが出ているカンピ村は、市街地から川沿いに北へ約15キロの場所にあり、バイクやトゥクトゥク(ホテル、ゲストハウスなどで手配可)で約20~30分程度。
~土地に伝わる話を探して~
今回紹介したお話、じつは日本の団体「一般社団法人ホワイトベース」が集めたもの。カンボジア各地を訪ね歩き、土地に伝わる昔話を聞き取って物語にまとめる「カンボジア民話発掘・保存プロジェクト(CAMBODIA FOLKLOREARCHIVE)」という活動を行っている。同団体の代表を務める石子貴久さんに話を聞いた。「この活動を始めたのは2012 年頃。本屋をのぞくといくつか児童用の絵本はありましたが、多くは近隣諸国の昔話やどこかの童話のリメイク版のようなもの。“カンボジアの昔話” と言えるオリジナルの話は少ないのが現状でした」。そこで、まだ口頭伝承でしか伝えられていない地方の民話、伝説、昔話などを土地の老人にヒアリングし、絵本化することを思い立ったという。各地を訪ね歩くと、地元では有名でも全国的には知られていない、その土地の歴史や文化、風土に根ざした話に出会えた。聞き取った話をまとめたら、自ら絵を描いて紙芝居に。日本の若者たちといっしょにカンボジアの小学校を訪れ、地元の子供たちといっしょに絵に色をつけて紙芝居を上演する活動も行っている。「当初から比べると、最近ではカンボジアの本屋にもいろんな本が並ぶようになりました。私たちの団体が集めた各地の話もそこに並ぶのが目標です。昔話の発掘、伝播活動を通してカンボジアの文化復興にも貢献できたら」と語る。
●シェムリアップ州・プノンクロムに伝わるお話●
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