日本の文化、カンボジアの文化と聞いて、皆さんはどんなことを思い描きますか?
文化は人類が、それぞれの地域や社会においてつくりあげ、伝承してきたもの。
異なる文化の中で育っていても、自分の考えを伝えることで共感しあい、新たな文化をつくりあげることもできます。
国際文化交流の専門機関として日本とカンボジアの交流に取り組んでいる国際交流基金プノンペン連絡事務所と、カンボジアの文化や社会を多面的に伝え続けてきたニョニュムが、旬の文化人や文化交流のキーパーソンをご紹介します。
~古典とコンテンポラリーからクメールの世界観を生み出すアーティスト~ チュムヴァン・ソダチヴィーさん
チュムヴァン・ソダチヴィー(通称ベル、36歳)さんは、ダンサーであり、振付家であり、王立芸術大学振付学部講師であり、シルバーベルダンスグループの創設者。
9歳からクメール古典舞踊を習い始め、民俗舞踊や影絵人形劇に出演し、コンテンポラリーダンスや振付の分野でも才能を発揮。
2016年には舞台「ライ王のテラス」に主要ダンサーとして来日。その直後、東京国際映画祭に出品されたソト・クォーリーカー監督『Beyond The Bridge』の主人公として映画出演。
今年9月には三陸国際芸術祭において、日本の三陸地方に伝わる民話『髪長姫』を題材にしたカンボジア、インドネシア、日本の3カ国による共同制作に技術監督兼ダンサーとして参加されました。
今回は、そんな多方面で国際的に活躍するベルさんに、ダンスへの思いや自身の活動についてお聞きしました。
Q.古典舞踊からコンテンポラリーダンスに軸足を移されたのはなぜですか?
舞踊を始めたのは母親の影響です。母は古典舞踊を通じてカンボジアの文化や女性としての所作を身に付けさせたかったのです。9歳から始めて、次第にのめりこんでいきました。伝統という規律の中でクメールのアイデンティティを表現する。そんな世界でした。
2001年にフランス在住のインド人が文化交流にやってきました。そこでカンボジアとインドの伝統を融合した新しい踊りを創るというプロジェクトがありました。最初は伝統を破るのが怖いという思いがありました。でも指導を受けていくうちに、自分の内にあるものを表現するのが楽しくなっていきました。若かったから、新しいものに興味が湧いたという面もあります。
以来、私はコンテンポラリーの世界に入りました。しかし、古いものをすべて捨てたわけではありません。これまでの伝統舞踊を基礎にして新しいものを創っていくという考え方です。
Q.ベルさんのコンテンポラリーダンスの特徴は?
欧米のコンテンポラリーダンスはバレエなどを基礎にしています。一方、インドのそれはヨガの要素があると思います。コンテンポラリーというのは世界共通でなければならないわけではなく、その国の文化に根付くものの上に広がる世界だと思います。それが私にとっては古典舞踊なのです。
コンテンポラリーの世界では古典舞踊の型をそのまま適用しません。古典舞踊は神々への祈りなど、どこか超越した世界を題材として、それを表現します。一方、私が創作するコンテンポラリーダンスは身の回りで起きている出来事や人々の感情を表現します。
Q.海外だとコンテンポラリーダンスは人気が高いそうですが、カンボジア国内の反応はいかがでしょう?
2011年から2013年にかけて、ドイツの振付師のもとで公演をする機会がありました。スイス、シンガポール、カンボジアで公演しました。スイスでは賞を取るほど賞賛され大盛況でした。シンガポール公演では現地在住のカンボジア人の方に「何を表現しているのか、意味がわからなかった」と言われました。
一方、外国の方々の反応は、「カンボジアのイメージが変わった。こんな表現ができるなんて思ってもいなかった」というものでした。そして、カンボジア公演の反応は、90%のカンボジア人が「意味がわからない」と言っていたと思います。
カンボジア人にとって、踊り=古典舞踊であり、コンテンポラリーというジャンルはこれまで触る機会のない分野でした。今では、若い世代を中心にコンテンポラリーに対する理解が広がり、好んで観たり演じたりする人が増えてきたと思います。
Q.カンボジアで、より多くの人にコンテンポラリーダンスの魅力が伝わる取り組みは何かされていますか。
昔、コンテンポラリーダンスは「バカの踊り」と言われていました。でも、少数ですが「かっこいい」「ユニーク」だと言ってくれる人もいました。
私ができることは、伝え続けることです。小さな劇場でコツコツと公演をしていくことで、次第に魅力を理解してくれる人が増えると思います。そのためには、私の努力ももちろんですがサポートが必要です。場所・お金がなく苦しい時もあります。
2018年にカンボジア政府がコンテンポラリーダンスは伝統を壊すものではなく、古くからあるものを未来につなげるものであると認め、王立芸大でカリキュラムに組み込んでくれました。これから若い世代に浸透していくと信じています。
Q.コロナの感染拡大が続く中での活動はいかがですか?
大きく低迷しましたが、そういう環境の中でそれを嘆いているだけではいけないと思います。この状況はカンボジアだけでなく、世界中の芸能関係者が直面している問題です。今自分は何をすべきかを考える必要があります。
だから、私はこの状況下で瞑想をしたりトレーニングをしたりして、自己研鑽するチャンスと思っています。振付師としてコロナ後に何をすべきか、というアイデアを生み出す時間としていこうと思っています。
Q.コロナ禍での取り組みとして今年9月、国際交流基金アジアセンターと三陸国際芸術推進委員会の主催で、三陸地方に伝わる民話『髪長姫』を題材にした、カンボジア、インドネシアと日本による共同制作に参加されましたね。創作から発表まですべてのプロセスをオンラインで行ったそうですが、いかがでしたか?
今回3カ国によるコラボレーションという挑戦の機会をいただいたので、相手の国の文化を知ることからまずは始めました。最終的に、お互いの文化を学び合え、作品を観た人たちから希望を持てたという反応があり、私にとって大きな収穫となりました。
Q.異なる文化・国の人とのプロジェクトを成功に導く要素はなんだと考えていますか?
文化の違う国の人が共に何かをするというのはたやすいことではありません。だからこそ、話し合い、理解し合う努力が必要です。合致する部分、しない部分はもちろんあります。そのバランスが大切だと思います。その前提の中で、フレキシブルに対応すること。かたくなになってしまったら終わりだと思います。
Q.ベルさんの作品は、どちらかと言えば身近なものをイメージにした作品が多いですね。
コンテンポラリーダンスを通じて、身の回りのもの、カンボジアの社会、人に焦点を当てて表現をすることが私の選択です。
また、私のコンテンポラリーダンスは単なるエンターテインメントでなく、教訓のようなものを盛り込んでいます。だからと言って、私の考えが世の中の道理であり、それに従えと言っているのではありません。観ている方々に考える「きっかけ」を与えているだけです。なぜあのような表現をしたのか、その神髄には何があるのかを考えてもらえたらいいのです。
一つの表現を観て、そこで泣く人、笑う人、反応はそれぞれです。それはその人の経験に基づいての反応です。そのインパクトを受けた人が、そこから何を学び取るかもそれぞれだと思います。私は作品を通じて、そのきっかけを与えているだけなのだと思います。
Q.今後の活動について教えてください。
10月からシンガポールの高校生に向けて、カンボジアのコンテンポラリーダンスの世界を講義することになっています。古典舞踊のこと、そしてコンテンポラリーダンスのことを紹介できるのでとても楽しみです。
また、コロナ禍で時間がたっぷりあるので、昔話をコンテンポラリーダンスで表現し、ショートビデオに撮って配信するというプロジェクトに挑戦しようと思っています。題材はカンボジアの昔話や格言・ことわざ、それから世界中の偉人の言葉を取り上げる予定です。
文字で読んで受ける印象、演じたものを観て受ける印象は違うと思います。それがどのように違ってくるのかをこのプロジェクトを通じて検証してみたいと思っています。
Q.後輩育成について、どのようにお考えですか?
王立芸大におけるコンテンポラリーダンスコースで、古典舞踊を通じて次世代の人たちにカンボジアのアイデンティティを伝え、それを新しいものに創造させる力を養いたいと思います。すべて言われた通りにするのではなく、自分で考えて、それから行動する。
これはダンスの世界だけではなく、学生が社会に出たらやらなければならないことですよね。
Q.好きな日本のアーティストはいますか? また、日本とカンボジアの芸術交流を進めるためにはどうしたらいいでしょうか?
宮本亜門さん演出の舞台「ライ王のテラス」にダンサーとして参加させていただいた際、俳優の鈴木亮平さんと共演しました。彼はジャヤヴァルマン7世の役でしたが、本当にプロフェッショナルでした。体調管理、役作り、そして舞台での迫力、演技力…。普段は礼儀正しく、誰とでも対等に話をしていました。
また、加藤雅也さんも素晴らしい役者だと思いました。歴史上の人物では宮本武蔵が好きです。常に自然体でありながら、人としての道を貫く姿は素晴らしいです。
ほかにも、日本のホラー映画が好きです。今後日本とは芸術交流の機会をたくさん持てたらと思います。そのためのプロジェクトをどんどん出し合って、実行していきたい。そのための『髪長姫』のようなきちんとしたサポート体制は芸術活動をしている私たちにとって生きる糧です。
そのうえで、お互いが健全な精神と身体をもってぶつかり合い、表現し合うことができる。そういう場を増やしていけるといいですね。
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