日本の文化、カンボジアの文化と聞いて、皆さんはどんなことを思い描きますか?
文化は人類が、それぞれの地域や社会においてつくりあげ、伝承してきたもの。
異なる文化の中で育っていても、自分の考えを伝えることで共感しあい、新たな文化をつくりあげることもできます。
国際文化交流の専門機関として日本とカンボジアの交流に取り組んでいる国際交流基金プノンペン連絡事務所と、カンボジアの文化や社会を多面的に伝え続けてきたニョニュムが、旬の文化人や文化交流のキーパーソンをご紹介します。
フィルターでつながる絆~触れられない、目に見えないものをアートに込めて~
人物画や石像などをストリートアートの要素と繊細で細かな描写を混ぜて描く、フランス生まれ、カナダ育ちのカンボジア人アーティストFONKi(フォンキ)さん(31 歳)。
どのようにして彼は自身のアートスタイルにたどり着いたのか、そして、絆ウィークでの日本人アーティストたちとのコラボレーション記念壁画についてお話をうかがいました。
自分のルーツを追った先に
内戦の影響でカンボジアからフランスへ移住していた両親の元、1990年に生まれたFONKi(フォンキ)さんは、現在プノンペンを拠点に活動しているアーティスト/画家である。
4歳で「移民の街」カナダ・モントリオールに家族で移り、さまざまな人種や文化の中で育った彼のアートへの入口は、現地のカンボジアコミュニティー。
文化や歴史、人々の個人史を知り重ねて深まる思いが、大学での映画・映像専攻につながった。
同時に関心はストリートアートへも向き、自らも絵を描き出し始める。
2012年頃からドキュメンタリーの取材や絵のオファーを受けて数カ月単位でカンボジアと行き来するようになり、2017年に本格的に拠点を移した。
絵を描くことは感情を料理すること
彼の作品には、実在する人物のポートレート、また、遺跡で見られる石像をモチーフにしたものが多くある。
カンボジアに定期的に訪れるようになった20代前半、カンボジアの地方を巡り、多くの人に出会い、話を聞いた。
口数が少なくとも、悲しい歴史がごく最近に起こったこの地で生きてきた人々の感情は深く受け取れ、渦巻き共鳴する感情が自然と彼に人物を描き出させた。
そして、自身のルーツを探る中で太古の祖先が作り上げた石像に惹かれ、各地の遺跡を訪れたり、書籍を読んだり、知識を深めていった。
彼は、「絵を描くことは感情や記憶を料理すること」だと言う。
その意味通り、カナダにいた頃にはまだ持っていなかった感情や、人々から聞き受け継いだストーリー、新たに得た知識や経験などが、すべて材料やフレーバー、スパイスとなり、彼のキャンバスに現れる。
「頭で考えて何かを描いているというよりも、感情に従って描きたいものを描いている」とも話し、作品が完成した後に絵が持つメッセージに自分自身で気づくことも多いのだそう。
ストリートアートの醍醐味
各地を巡って空き地や路地に壁画を描いていたときのことを振り返り、現地の人々の反応をとても楽しそうに話した。
「壁に絵を描くこと自体、初めて見る人が多く、良いとか悪いとかの概念を超えて、本当に純粋な好奇心を向けてくれる人ばかりでした。この人は一体何をしているんだ… ! と、ただただ興味深く完成を見守ってくれたり、差し入れを持って来てくれたり、休憩をしながら世間話をしたり、画について意見を交わし合ったり。その場所と時間を共有できている感覚がありました」
建設や取り壊しのスピードが早いカンボジア。彼の描いた壁のすべては残っていないそうだが、「それこそが『時代』を反映するストリートアートであるし、その場の空気や出会った人の記憶にはすべて残っているから」と変化していくことを楽しんでいる。
ルネサンス(文化復興)の波
彼は近年のカンボジアの状況を「クメールルネサンス」と表現する。「ルネサンス」とは、元来フランス語で“再生”を意味 し、14 世紀頃からヨーロッパで広がった文化復興も意図する。
カンボジアの若いローカルアーティストと関わるうちに、彼らの「静寂の深部に確かな熱狂」を感じ、そうした若いエネルギーが各地で湧き出すこの状況をルネサンスと捉えるようになったのだという。
コロナ禍で移動が国内に制限されたことで、地方のアーティストたちとプノンペンで集まる機会が生まれたり、新たなコラボレーションが進んだり、「この状況はポジティブな転換期かもしれない」とも話す。
国際交流基金アジアセンター × FT Gallery「絆ウィーク記念壁画」
今年2月に開催された「日本カンボジア絆ウィーク」の国際交流基金アジアセンター主催コンテンツの1つとして、FT Galleryとのコラボレーション記念壁画が制作されました。
どのような作品か教えてください。
3人のアーティストがコラボし、AR(拡張現実)技術を用いたこれまでにない新しい形の作品です。
カンボジアにいる私が壁に描いた絵をスマートフォンのカメラアプリのフィルターを通して見ると、実際の絵と連動して画面の中で絵が動き、さらにオーストラリア在住のTWOONE(Hiroyasu Tsuri さん)が描いた絵も重なって動き、見る人それぞれのスマホの画面の中で作品が出来上がります。
AR 技術を使ったフィルター作成は、日本にいるKenxxxooo(Kenichiro Takamatsu さん)によるものです。
日本人アーティストとのコラボはFONKi さんが提案されたのですか?
国際交流基金が説明してくれた「絆」の持つ意味から、最初に思い描いたのが、日本のアーティストとのコラボレーションでした。
ですが、実際に会ってコラボすることは難しく、けれどこんな状況だから新しいことが出来るかも! と相談をしたところ、本当に素早くアイデアが形になっていきました。
絵のモチーフはなんでしょうか?
笑っているライオンがメインモチーフです。
クメールライオンも微笑みも、カンボジアという国にリンクしているものですが、ライオンは誰もが知っている動物で、笑顔は人にとって普遍的なもので、2 つとも国を超えてみんなに共通するものだと考えています。
私たちの頭の中で広がる想像力やエネルギーのように、頭の上部にはいろいろな色が溢れていて、フィルターを重ねるとTWOONE の描いた花が頭の中に咲き、その周りを鳥が自由に羽ばたくのを見てもらえます。
ピンクがかった色でモチーフを描くのは、わたしにとって珍しいのですが、このところ世の中から減っている明るさや温かさ、愛みたいなものが見た人に広がってほしいな、という気持ちを込めました。
作品完成後、みなさんの反応は?
カンボジアではARを用いた最初の壁画なので、新鮮な驚きの反応をたくさん見られて本当に良かったです。
またデジタル作品ならではの反応ですが、現実の場だけでなく、SNS上の投稿を見て、いろいろな人が楽しんでくれていることも実感できました。
フィルターでカンボジアと日本のアーティストがつながり、インターネット上で国境を超えてさらに多くの絆が世の中に架かったように思います。
はじめての形式でのコラボレーション、総じていかがでしたか?
国際交流基金アジアセンターとのプロジェクトは初めてでしたが、この案件を通じて、遠隔だけでコラボ出来たこと、ARなどのデジタル技術を用いたコラボにクリエイティビティの可能性を感じました。
また、TWOONEの影響を受けて、これまで壁画ではしたことがなかった描き方を取り入れたりと、私の絵(料理)にもまた新たなフレーバーが加わり、今までの世界から1歩も2歩も外へ出て、見られる視野が広がりました。
FT Galleryとは
Factory Phnom Penh 内にある、現代アートギャラリー兼ストリートアート・壁画制作会社。FONKi さんが共同創設者をつとめ、若手アーティストの助成に力を入れている。
住所:#1159, National Rd. 2, Mean Chey, Phnom Penh
Facebook:@FTGalleryPhnomPenh
電話番号:092-741-513
プロジェクトムービー
<こちらをクリック>
Japan Foundation Asia Center, Phnom Penh Official Facebookページ 2月23日 · <KiZUNA memorial mural>
※実は取材後、建物の改装工事業者が誤ってこの記念壁画を白く塗り消してしまう出来事が。想定外のことに、いたたまれない気持ちです。しかし、失われたライオンの笑顔は必ず戻ってきます。その時が来たら、より一層力強い新たな絆をつなぎましょう。
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