カンボジアの人々はよく、「年に3回正月が来る」という。1月1日のインターナショナルニューイヤー、2月頃の旧正月、そして4月の半ばのクメール正月である。その中でも本家本元「クメール正月」は、古代から現在まで受け継がれるクメール人の新年を祝う行事で、古来からのクメール人の信念や習慣、伝統に基いたものである。そんなクメール正月の由来は、下記のような言い伝えがある。
クメール正月の由来
昔々、トマバル・コマーという息子を持つ一人の裕福な男がいた。トマバル・コマーは7歳ながらも仏教のことを知り尽くし、頭がとても良い子だった。誇りに思ったその富裕な父親は、トマバル・コマーのために鳥が生息する川沿いのベンガルボダイジュという大木の近くにお城を造ってあげた。トマバル・コマーには鳥のことばが分かる才能もあり、人々が幸福になれるように教え唱える司祭としても有名だった。
当時の人々は、マハ・プロムとカベル・マハ・プロムという神を信仰し、幸福を願っていた。トマバル・コマーの優れた才能を耳にしたカベル・マハ・プロム神は、トマバル・コマーの才能を試すために謎の質問をしてきた。「朝と昼、夕方には、人の幸福はどこにあるのか」という、簡単そうでそうでないような問い掛けだった。自分の問い掛けに対し、もしトマバル・コマーが解くことができれば、カベル・マハ・プロム神は自分の首を切って、トマバル・コマーに捧げるとした。他方、もし、トマバル・コマーがその謎を解くことができなかったら、トマバル・コマーが自分の首を切り、カベル・マハ・プロム神に捧げるという約束だった。
その問いと約束を合意したトマバル・コマーは、解答まで7日間の猶予を要請した。考えを重ねたが、6日経ってもトマバル・コマー君は解答を見つけることができなかった。次の日の朝になれば約束通り自分の命が奪われることになるトマバル・コマーは、その日の夕方、ヤシの木にこっそりと身を隠した。だが、ヤシの木の下で眠っている間、トマバル・コマーとカベル・マハ・プロム神との約束を知った2匹のオスとメスのワシが、命を落としたトマバル・コマーをエサにしようと待ち構えていた。
夜になると、メスのワシがオスのワシに「人間にとって、朝と昼、夕方の幸福ってどこにあるの」と尋ねた。オスのワシは、「人間の朝の幸福は顔にある。だから、人間は幸せになるために、朝起きて顔を洗うのだよ。そして、昼の幸福は胸にある。だから、昼には胸を水で洗う。夕方は足を洗って寝ると、人は幸せになるんだ」と答えていた。この会話を聞いたトマバル・コマーは翌日の朝、カベル・マハ・プロム神にオスのワシから聞いたことを解答した。それが正解だと認めたカベル・マハ・プロム神は降参し、約束に従うことにした。
カベル・マハ・プロム神は自分の7人の娘を呼び、「切られた自分の頭は、地上に置いたら災害が生じ、空中に投げたら雨が枯れ、海に落とすと海が枯れる」ので、娘たちが年に一度順番で台座に頭を載せて預かりなさいと告げた。その直後、カベル・マハ・プロム神は自分の頭を切り、一番上の娘に渡したのだった。台座に載せた父の頭を授かった長女は、メール山の周りを約60分間飛び回り、天界に戻って父親の頭を保管した。それ以降、1年経過しては次女、その次の年は三女と、娘たちは毎年順番でカベル・マハ・プロム神の頭を天界からメール山に運んで来るようになった。これが、クメール正月は天界から女神が降りてくるといわれる起源となったのである。
7人の女神って?
カベル・マハ・プロム神の7人の娘はそれぞれ、異なる色の衣装や装飾品を身にまとってやってくる。7人の女神たちの名前(曜日に合う名前)と装飾の花、好みの食べ物や持ち物、乗り物は以下の通り。
日曜日のトゥン・テヴィ:ザクロの花を付ける。食べ物はイチジクの実、右手に円盤、左手にカタツムリを持ち、ワシの乗り物を持つ
月曜日のコラック・テヴィ:コルクノーゼンの花を付ける。食べ物は油、右手に刀、左手に杖を持ち、トラの乗り物を持つ
火曜日のコラクサ・デヴィ:蓮の花を付ける。食べ物は血液、右手に槍、左手に弓を持ち、馬の乗り物を持つ
水曜日のマンダ・デヴィ:プルメリアの花を付ける。食べ物はミルク、右手に針、左手に杖を持ち、ロバの乗り物を持つ
木曜日のケレネィ・テヴィ:モクレンの花を付ける。食べ物は大豆とゴマ、右手に象の突き棒、左手に鉄砲を持ち、像の乗り物を持つ
金曜日のケメレァ・テヴィ:スターロータスの花を付ける。食べ物は甘いバナナ、右手に刀、左手に琴を持ち、水牛の乗り物を持つ
土曜日のモホー・テリァ・テヴィ:ホテイアオイの花を付ける。食べ物は肉、右手に円盤、左手に槍を持ち、クジャクの乗り物を持つ
クメール正月はなぜ4月なのか?
古代からカンボジアはバラモン教(ヒンズー教)の影響を受けていたため、クメールの宗教的式典はバラモン教の古代経典を元に執り行われていたと言う。バラモン教の古代の天文学または占星術の規則によれば、空は円の形をし、地球と同じように静止しているという。太陽は地球の周りを円軌道で回っていることが理解されているため、1年に相当する星座、あるいは黄道が十二宮(黄道十二宮)あるという。空に見える羊やヤギ(4月)、雄牛(5月)、二人の男女(6月)、カニ(7月)、ライオン(8月)、処女(9月)、鱗(10月)、トカゲ(11月)、弓(12月)、サバ(サメまたはサバ)(1月)、水差し(2月)、魚(3月)にちなんで名付けられたため、星座の名前が付けられたのである。黄道帯(4月)を起点に設定したため、クメール人は4月を新年の最初の月と考えるようになったという。
クメール正月の3日間の儀式ってどんなもの?
新年の儀式は3日間行われる。1日目はモハー・ソンクラン、2日目はボナバット、3日目はラゥンサックと呼ばれる。旧年が終わり、新年の女神が降臨して旧年の女神と交代する日時の決定は、カンボジアの宮内庁が古代の占星術を利用した占いにより定めているという。
正月の1日目は一般的にどのように過ごすの?
宮内庁の占いにより、年によって新年を迎える時刻が異なる。正月の1日目は、新年の女神様が降臨する時刻になるまで、その年の女神さまの好みの品々を準備して、その時間まで待機するのが一般的である。去年の2023年は4月14日の午後16時00分に新年の女神様が降臨したのに対し、今年は4月13日の夜22時17分に新年の女神様が降臨するとされていたので、今年は家族揃って深夜まで待機した人も多かったのではないだろうか。
2日目のボナバットの日とは?
クメール正月の2日目は祭りの日と呼ばれ、この日は人々が寺へ僧侶にお金や食べ物などを持参して参拝する。この日の夕方になると、寺や家の敷地内にチャオル・チューン(布を投げる遊び)、ハンカチ落とし、土鍋を砕くなどといった伝統のゲームを遊んだり、クメールの民謡・歌を流して踊ったりする。
3日目のランサックの日とは?
3日目は正月と呼ばれる新年の日である。この日は、新年の幸福を改めて祈るために寺の仏像を水で清める儀式が行われる。
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