インタビューの前編では、本田圭佑選手がどのようにしてカンボジアという国と繋がり、現地でどんな活動を行なっているのかを紹介した。
今回は8月に実質的なカンボジア代表監督に就任し、9月10日に行われた国際親善試合・vsマレーシア戦までの1週間を紹介。1週間前後という限られたプノンペン滞在の中で、果たしてカンボジアに何を残したのだろうか。
本田氏とともに代表チームに同行した、ソルティーロアンコールFCのゼネラルマネージャーを務める辻井翔吾氏に聞いた。
選手のことを知るために徹底的に分析
代表合宿中の本田氏は、選手達の能力向上のために自身がこれまで世界の第一線でやってきた経験を惜しむことなく還元していたという。
例えば練習では、空中からドローン、スタンドからはビデオカメラで選手達の動きを分析。このような分析は最先端の欧州では当たり前のことだが、カンボジアではあまり例がない。さらにその分析をもとに毎日行なう全体ミーティングは、必ず15分以内に終わらせることを徹底。これはカンボジア人選手達の集中力を考慮してとのこと。選手達の理解度を高めるためにできるだけ短く、そしてわかりやすくまとめるために登録上の監督であるフェリックス氏と時間をかけて細部まで分析を行なった。
また、全選手一人ひとりと個人面談を行なった。ある選手に将来の夢を聞くと「タイや日本でプレーしたい」という答えが帰ってきたが、それに対して本田氏は「もっと高いところ(欧州)を目指そう」と言ったという。
カンボジア人選手にとっては普段テレビ越しに映っている欧州サッカーの世界は、夢のまた夢で別次元のように思えているのだろう。だが、本田氏は過去に自身が挫折した経験も交えながら、高い意識で目標を目指した時にはじめてタイや日本が見えてくるものだと、夢を大きく持つことの大切さを伝えたという。
勝負にこだわる意識
トレーニング面では、選手達に対して普段から「勝負にこだわる」ということを意識させていたという。
カンボジア国内リーグではまだ選手によっては練習へ取り組む意識が低いため、練習と公式戦とではプレーの質や熱の入れようが雲泥の差、ということをよく目にする。だが、今回の合宿では紅白戦で「勝ったら夕食時にコーラ、負けたら炭酸水」というように、小さなところで普段から勝負にこだわらせた。
このような意識改革は、ACミラン時代の自身の経験からきている。紅白戦には本田氏自身も入ってプレーするので、選手達はこの貴重な機会を逃すまいと誰一人手を抜くことはなかったという。
本田氏はジムで個人トレーニングをする際も、カンボジア人選手の参加希望者と一緒にトレーニングしていたという。選手達にとっては世界トップクラスの選手とトレーニングを経験できるまたとないチャンス。もちろん、同じトレーニングをしても本田氏とカンボジア人選手では技術も体力も違うので圧倒的な差がついてしまったが、選手達にとってはいい刺激になったに違いない。
また、本田氏は試合までの期間中はほぼ毎日、選手達と同じ食事をとったという。食事中、選手達は本田氏がどんなものを食べているのか気になって仕方がなかった。選手達の食事面での改善が必要だと感じていた本田氏は、彼らの「視線」をうまく利用し、食べる際に「この食べ物は栄養価が高い」とわざと独り言をつぶやいた。
すると選手達が次から次へと真似をして同じものを食べはじめるという光景がよくあったという。練習中のみに限らず、選手達はありとあらゆる場面で本田氏から本物のプロフェッショナルとは、ということを学んでいたようだ。
監督としての初陣で得たもの
9月10日のマレーシア戦では結果的に1-3で敗れてしまったものの、選手達は本田監督とのいくつかの約束事を守り、試合開始直後から躍動した。
前半、格上のマレーシアを相手にハイプレッシャーをかけ続け、ほとんどチャンスを作らせなかった。後半はスタミナが切れてしまい3失点してしまったが、わずか1週間という限られた期間の中でチームは見事に戦う集団に生まれ変わった。
この日、右MFとして先発出場したカカダはこの試合でミスを連発してしまった。本来ならば交代させるべきではあるが、本田監督は自身の経験から「こういう状況で交代させると彼は悩むだろうし、彼の成長に繋がらない」と後半18分まで使い続けた。
こういった将来有望な若手にはチャンスを与えることで成長に繋がる。また、この日の選手交代時は全て2人同時に替えるという配慮があった(この日は親善試合なので6人交代)。
途中交代された選手は「自分のプレーが良くなかったから交代された」と思ってしまうことがよくある。本田監督はカンボジアの選手達はそう思ってしまう選手が多いのを見越して、精神的なダメージを与えないようにあえて2人ずつ交代させた。先のことを見据えながらカンボジア人選手の気質を理解した上で、自身の哲学を実践しながらマネジメントを実行していた。
試合後のロッカールームで伝えた言葉
試合後、本田監督はロッカールームで選手達に次のような言葉をかけたという。
「大事なのは目先の勝利じゃなくて成長し続けること。今日、俺が一番何が好きやったかというと、みんなが俺が言ったことを信じて、やってくれた、実践してくれたってこと。チームの習慣、良い習慣を見せてくれた。これをベースにちょっとずつ積み上げていこう。
一番大事なのはプロフェッショナルであること。今日ホテルに戻って解散するけど、この良い習慣をクラブに戻ってもやり続けないといけない。いいトレーニングをして、栄養のあるものを食べて、しっかり寝る。これはみんなが強い気持ちを持たないと毎日はできない。いいトレーニングをしても、体に悪いものを食べたらトレーニングの意味がない。今日の試合、みんなはすごい良いプレーができるということを証明してくれた。最初の30分はマレーシアを圧倒した。正直、どちらが格上のチームなのかわからなかった。俺はカンボジアの方が格上のチームだと思った。チームとして、組織としてのレベルが全然違う。でも負けた。
でも今、勝敗が決まるわけじゃない。この先に勝たなきゃいけない試合に勝つために、今は痛みを伴ってもしっかりとやるべきことを整理して、成長するためにやっていかなければいけない。一歩ずつみんなで成長していこう。プロフェッショナルなしでは絶対に成長しない。もう1回言うよ。今日、解散して帰ってからが勝負。今回やった1週間の練習を1年間続けたら成長するってことをみんながわかったと思う。今日解散するけど、何人かケアしなきゃいけない選手はしっかりケアして、こんだけ疲れているんでしっかり栄養を取ること。これもプロフェッショナルの一部。
何回も言うけど、負けたからといって落ち込む、勝ったからといって喜ぶ、そうじゃない。今日マレーシアがあんなに喜んでいたというのが、みんなが良くやった証拠。それくらい喜んでいたよ。それはみんなが本当に良くやったという証拠。結果は1対3だったけど、僅差だった。俺は負けたけどとにかく楽しかった。負けたことは悔しかったけど、試合自体はおもしろかった。多分、みんなも自分のプレーを振り返ると、試合に負けたことは悔しかったけど楽しかったと思う。ただ、もっとやれるよ。みんなでやろう!(選手の拍手)」
本田監督は選手が成長するため、カンボジアサッカーが発展するために本気で考えている。このロッカールームでの言葉はきっとカンボジア人選手の心にも響いたに違いない。現状、カンボジアはまだ東南アジアの弱小国に過ぎないが、誰よりも選手達のことを想う熱い日本人指揮官がいる。
本田圭佑がカンボジアで伝えたいこと
8月の監督就任会見で本田監督は「サッカー以外にもカンボジアの魅力を発信していきたい」と語っていたが、実際にIT会社、農業、学校など、カンボジアのことを知るために精力的に回っていたようだ。今後、カンボジアという国が発展していく上で、サッカー以外の面でも貢献してくれることに期待したい。
そして今回の辻井氏へのインタビューでわかったのは、本田監督は「カンボジアという国の国民や文化に対して本当に真摯に向き合っている」ということ。カンボジアという国の特性や国民性を理解した上で、それを生かしたサッカースタイルのベースを作りはじめているのだ。
今回のプノンペン滞在では自身が選手たちのお手本となり、真のプロフェッショナルとはどういったのものかを伝えた。そして試合を通して夢は持つだけではなく、努力次第で叶えられるものだと選手たちは感じたはずだ。カンボジアサッカー協会との契約期間は2年間。プロサッカー選手と平行してこれを実現するのは決して簡単なことではないが、これまで何度も日本代表の窮地を救ってきたように開拓者・本田圭佑ならそれをやり遂げるに違いないと思わせる何かがある。
そしていつの日か、本田圭佑監督率いるカンボジア代表が独自のスタイルで世界の強豪を脅かす、そんな姿を見てみたい。
情報提供:©HONDA ESTILO
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