長い内戦で破壊しつくされたカンボジアのインフラ。
その中でも人々の生活に欠かせない水をすべての人たちに届ける。
その思いを実現させようと、カンボジア・日本が一丸となって復興・開発に取り組んできました。
最初の記事では長い内戦が終結した1990年代のプノンペンにおける水の状況と、カンボジアの水道マンたちの「きれいな水をみんなに届けたい」という熱い思いに感動し、北九州市が動き出した様子を紹介しました。
今回は北九州市が具体的に何をしてきたのかを紹介したいと思います。
「人づくり」が起こしたプノンペンの奇跡(フェーズ1:2003 年~ 2006 年)
北九州市での研修で指導する高山一生さん(左から2 人目)
最初に北九州市が提案したのが、配水管網の維持管理の手法として同市で導入されていた「配水ブロック」と「配水監視システム」の技術移転だ。プノンペン市内の総延長約1,300 ㎞の配水管網を41 のブロックに分け、ブロック単位で流量計と水圧計を設置し、1 分ごとに測定・記録されたデータを、テレメータと呼ばれるシステムと電話回線を用いて中央の監視装置に転送。これで無収水量(漏水など)を算定し、数値の悪いブロックで漏水調査を実施することで、効率的な配水施設の維持管理を実現した。
その実績が評価され、2003 年10 月からJICA 技術協力プロジェクトが北九州市上下水道局主導のもとで開始された。PPWSA を対象に、無収水量(漏水や盗水)の削減、安定給水、適正な浄水場運転、水質の向上、電気・機械設備の適正な維持管理を目標に、そこで働く「ひと」を育てる取り組みだ。OJTや日本での技術研修を重ね、カンボジアの水道マンたちの技術を向上させていく。浄水場の建設や施設の設置とは違い、長く、根気のいる活動だが、その「ひと」を育てないことにはせっかく作った施設が無駄になってしまう。北九州市は率先してその「人づくり」を始めたのだ。その結果、それぞれの目標は徐々に達成され、無収水量率は日本でも達成できれば優良事業体とされる8% 以下にまで低減された。1993年当時と比較すると、目を見張るような実績が数値となって表れた。
電気設備維持管理指導を行う木山聡さん(2004 年)
ポンプの維持管理について指導する加賀田勝敏さん ( 左、2005 年)
特に注目すべきが、PPWSA の経営安定化という成果だ。水道料金の回収率が高まったことから、2001 年から水道料金を値上げしていないのにもかかわらず経営は安定し、PPWSA が目標として掲げてきた「貧困層へのきれいな水の供給」を実現。貧困地域に無償で給水管を設置するなど、カンボジアの貧困削減対策に大きく貢献した。
このことはPPWSA 職員の誇りとなった。アェク・ソンチャン前PPWSA 総裁は、職員の意識改革、士気を高めることを怠らなかった。組織全体の目標を定め、それを達成したら給料をここまで上げる、そんなコミットメントを全職員の前で発表し、着実に実績を積むことで水道マン魂をくすぐっていったのだ。援助とは、協力する国だけが一方的に行うのでは成果は上がらない。そこで共に働く現地の人たちのやる気があってこそ、実現するものだ。
PPWSAとともに地方展開(フェーズ2:2007 年~ 2012 年)
プノンペンで大きな成果を上げたプロジェクトは、次に地方に目を向けた。給水状況が深刻な公営の水道局を有する8 つの都市(上図参照)で、2007 年5 月より施設の改修と人材育成を平行しながら展開することに。このプロジェクトでは、北九州市上下水道局職員のみならず、前のプロジェクトで成長したPPWSA 職員が、地方の水道局に技術指導を行うという活動も伴った。
各都市の水道はそれぞれ事情が異なる。水源ひとつを見ても、地下水を水源とする都市、川の表流水を水源とする都市、海の近くで水源の確保が困難な都市とさまざまだ。つまり、地域ごとに浄水処理の方式、施設設計、維持管理の方法が異なってくる。それぞれの都市と向き合いながら状況を把握し、浄水、電気・機械、設計の専門家が北九州市のみならず、日本の各専門企業、別の自治体からも多く投入された。
管路布設工事の指導をする廣渡博さん(右、2010 年)
プロジェクトスタート当時のチーフリーダーだった木山聡さんは、在任期間中に8 つの都市を頻繁に回りながら、地域の特色、事情を把握し、本体である北九州市上下水道局にあらゆる要請をし、JICA、厚生労働省と綿密な協議を重ね、そして日本の企業を巻き込んでいった。その結果、プロジェクト対象の8 つの州で24 時間の配水と、無収水の削減、カンボジア国家水質基準を満たす水を給水することができるようになった。
健全な水道事業経営を目指して(フェーズ3:2012 年~ 2018 年)
経営・財政計画策定指導を行う川嵜さん(左、2013 年)
水道供給能力の向上を目指したフェーズ2 のプロジェクトから、今度は自立発展的な経営ができるよう、経営人材を育成するプロジェクトが展開していくことになる。2012 年11 月より始まったこのフェーズ3 のプロジェクトでは、地方8 都市の水道局のみならず、その監督機関である鉱工業エネルギー省(現在の工業手工芸省)に対して、OJ Tや北九州市での研修を行った。
経営・財政計画策定、企業会計、顧客情報管理、資産情報管理、施設の更新・運転維持管理計画、住民ニーズへの対応、市民啓発事業、水源の維持管理、人材育成計画など、すべて水道事業の経営管理面の能力を向上させるためのものだ。独立採算制の健全経営を目指して、多岐にわたる項目を徹底的に叩き込んだ。
フェーズ3 のプロジェクト開始当初のチーフリーダーだったのが川嵜孝之さん。「最初は、維持管理予算が確保されていないし、不確実な料金徴収体制や8 都市中7 都市で赤字決算だったりと、問題が山積みでした。それなのに各水道局から『問題はない』という答えが返ってくるのに衝撃を受けたのを今でもよく覚えています。まずは意識を変えなきゃ、ルールやシステムを統一して『見える化』しなきゃと、プロジェクトの中で何度も議論を行って方向性を模索しました」と、当時を振り返る。
このプロジェクトの特徴は、8 都市のパフォーマンスを評価するために、基準となる指標を用いて定期的なモニタリングを行ったことだ。それにより、それぞれの水道局の未達分野が何なのか、その原因は何なのか、必要とされるのは予算か、努力か、人材か…など、対策について議論ができるようになった。
また、当時工業手工芸省の長官の立場であったアェク・ソンチャン氏は、活動を日本の専門家に任せきりにせず、自らが地方水道の現場を回る「プロヴィンシャルツアー」を実施した。この時ばかりは地方水道の局長以下、全職員の間にも緊張が走った。各水道局では、細かな現場の状況確認のあと、必ずワークショップを開催。課題の改善方法を明確にし、さらにプロジェクトでフォローするというサイクルが築かれていった。
こうした地道な努力の結果、2015 年決算では、8 都市すべての水道局が黒字決算を達成した。経営改善を通して利益を残し、再投資することによってさらにサービスを向上させるという、まさに持続可能な水道経営の第一歩を踏み出した瞬間だった。その後、このプロジェクトは次の廣渡博チーフリーダーに引き継がれ、対象となる地方水道事局は当初の8 都市から13 都市に拡大された。
専門家たちはカンボジア全土を駆けずり回り、その技術・経営能力向上にあたってきた。PPWSA に追いつけ、追い越せ。そんな思いで研修に励む各都市の職員たち。もちろん、それは簡単には達成できない大きな山だが、「Water for All =みんなのための水」というスローガンの実現と、カンボジア国家戦略開発計画で定める「2025 年までに都市部での安全な水へのアクセス率100% 達成」のために、プロジェクトが終わった2018 年以降もその取り組みは続いている。
③へつづく
【北九州市・カンボジア協力20周年記念特別企画③】日本・ カンボジア水道フォーラムが開催
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