(日本語) NyoNyum105号特集:②古典舞踊復興に人生を捧げた女性たち
(日本語) NyoNyum105号特集:②古典舞踊復興に人生を捧げた女性たち
2020.03.03

NyoNyum105号の特集「クメールの魂を踊りに込めて」がWEBでも読めます。

昨年11月18日、ご逝去されたノロドム・ボッパーテヴィ王女はカンボジアの古典舞踊(宮廷舞踊)を広く国内、世界に広めたことで大きな偉業を成し遂げた方です。

その功績に心からの敬意を表し、カンボジアの舞踊にまつわるあれこれをお伝えします。

2回目の今回は、ノロドム・ボッパーテヴィ王女を含めて、古典舞踊の復興に関わった人たちについてです。

古典舞踊復興に人生を捧げた女性たち

クメール古典舞踊界の「生き字引」、エム・ティエイさん
クメール古典舞踊界の「生き字引」、エム・ティエイさん

王宮での保護を受けて発展してきたクメール古典舞踊。その運命は内戦により危機にさらされることに。

しかし、どんな時代、どんな境遇に置かれようとも、その美しい所作と伝統を守り抜き、伝え続けてきた女性たちがいました。

戦火を潜り抜けて

アプサラのプリマとして舞台に立つボッパーテヴィ王女
アプサラのプリマとして舞台に立つボッパーテヴィ王女

5歳からコソマ女王に指導を受け、18歳の時に王宮舞踊団のアプサラを演じるプリマとなったボッパーテヴィ王女。1964年にフランスからの使節を迎えた際にも、王宮で美しい舞を披露したといいます。

プリマとしての活動のかたわら、国内の教育施設で指導者として活躍していましたが、1970年にロン・ノルによるクーデターが勃発するとフランスへの亡命を余儀なくされました。

しかし、国を追われても心から愛する古典舞踊への情熱を失うことはありませんでした。

稽古を怠らず、パリでクメール古典舞踊団を設立したり、タイとの国境地域で舞踊を教えるなど、国外からも文化の継承に尽力し続けました。

1991年にようやくパリ和平協定が成立して帰国すると、王女は文化芸術副大臣に就任しました。

王女は自身の経験と知識の伝承のためにも、国の文化を守る大臣としての使命のためにも、ポル・ポト政権による虐殺の難を逃れた元舞踊家たちを集め、古典舞踊復興のための地道な活動を繰り広げていきます。

人生をささげ、そして命を救った「舞踊」

王女の人生と並行して、古典舞踊に人生をささげた女性たちがいます。その1人が現在88歳のエム・ティエイさんです。

「父が王宮の警備官、母がコソマ女王の料理人だったので、幼い頃から王宮に出入りして、女王にはかわいがっていただきました。そして女王からの薦めもあり、宮廷舞踊団に所属することができたんです。

当時は多くの少女たちが宮廷で舞踊を習得し、各国の要人を迎える際や国家の行事の時などに舞踊を披露していました。

長い年月をかけていろいろな役を演じさせていただきました。次第に、男役である鬼役を主演として任されるようになり、私もその役に没頭していきました」

しかし、時代の荒波に巻き込まれ、内戦が始まるとティエイさんら宮廷に仕えていた人々は地方へ散り散りになっていきました。

ティエイさんもバッタンバン州へ強制移動させられました。

「ポル・ポト時代になり、私たちは苦しい生活を強いられました。舞踊家だったことをオンカー(ポル・ポト政権側の人間)に知られたため、特に重い強制労働をさせられていました。

しかしある日オンカーから、きつい労働を忘れさせるためにみんなを楽しませるようにと命じられ、各地で舞踊を披露するようになりました。

これが、私が生き残れた理由だったのだと、今思い起こせば想像できます。舞踊が私の命を救ってくれたんです」

ポル・ポト政権が終わり、ティエイさんは歩いてプノンペンへ向かった。道中もいろいろな場所で舞踊をしたといいます。

思い出深い王宮にようやくたどり着き、保護を受けます。ポル・ポト時代を生き抜いた舞踊家の仲間たちも次第に戻ってきました。

身体の中にある「記憶」を伝えるティエイさん
身体の中にある「記憶」を伝えるティエイさん

再会を喜び合った彼女たちは、昔自分たちが教えを受けた舞踊の演目を復興する活動を始めます。あらゆる資料がなくなってしまった中で、頼れるのは自分たちの体に染みついている「経験」だけ。

ここの手の動きはこうだった、いや違う、こうだったはず。

そんな話し合いを続けながら、若い世代に自分たちが体で覚えていることを伝えます。彼女たちの魂のこもった指導は、白熱したものだったといいます。

こうしてティエイさんは、内戦が終わった1990年代からは舞踊家として、また舞踊の指導者としての人生を送り、数多くの舞踊家を世に輩出することになります。

女性たちの情熱が重なり合うとき

王女は生前、時間があれば若い舞踊家の指導・育成に積極的に取り組んだ
王女は生前、時間があれば若い舞踊家の指導・育成に積極的に取り組んだ

そんな活動を、ボッパーテヴィ王女が後押ししてくれます。

1991年にパリから帰国した王女は、文化芸術副大臣(1991-1993)、政府上級顧問(1993-1998)、文化芸術大臣(1998-2004)の立場から古典舞踊復興のために奔走しました。

「私たちは王女のもとで、自らの経験をすべて伝承する活動を行ってきました。足さばき、手の動き、首の動き、目線、体の動かし方、ほかの演者との絡み合い…。

ありとあらゆることを話し合いながら思い出し、復興させていったんです。王女はこの活動にとても情熱的でした。

王女が中心となってくれたからこそ、私たちも王女のためにと頑張ることができたんです」と、ティエイさんは当時を思い出す。

その結果、カンボジアの「宮廷舞踊」は2003年11月7日にユネスコの「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」として認定されました。

ボッパーテヴィ王女とティエイさんらの思いが実を結んだのです。

受け継いだ伝統を守り、新たな時代において国内外へ発信し、後世のカンボジア人の誇りとしてつないでいく女性たち。

王女はその一生を古典舞踊に尽くし、2019年11月にこの世を去られました(享年77歳)。

しかしその思いは確かに、舞踊を愛する多くの人々に受け継がれています。

次の記事

③国民のものとしての「古典舞踊」へ

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