(日本語) ポル・ポト政権によって翻弄された元日本留学生キュー・サクールさんの軌跡
(日本語) ポル・ポト政権によって翻弄された元日本留学生キュー・サクールさんの軌跡
2020.09.17

 

9月9日朝、雨季の合間の時折涼しい風が注ぐ晴れ渡った空の下、トゥールスレーン虐殺博物館の一角で厳かな僧侶の読経が始まった。

カンボジアがポル・ポト政権によって支配される前に日本に留学をしていた一人のカンボジア人男性の生きた証を展示する、特別展示のオープニングセレモニーだ。

文化芸術省、トゥールスレーン虐殺博物館関係者らによる祈り

 

2018年のある日、日本に在住しているカンボジア人女性がFacebook投稿をした。

そこには、元留学生のある写真が掲載されていた。

その写真を見た瞬間、1970年代にカンボジアで英語教師をしていた当時の様子を写真撮影していたコリン・グラーフトンさん(73)は衝撃を受ける。

なぜなら、その写真に映っていたのは、44年前に日本で出席した送迎会の主役だったからだ。

1976年、コリンさんはこの青年に会っていた。

日本での生活を終えて、ポル・ポト政権下で混乱しているカンボジアに「国の再興を手助けするため」に帰国するその青年に。

以来、コリンさんはその青年とは会うすべもなく44年を過ごしてきた。

この青年が帰国後、亡くなったことは知っていたが、この連絡によってカンボジアに帰国した青年の、さらに壮絶な運命を知ることになる。

すぐさま日本の投稿者に連絡。

事情を聴くと、「ポル・ポト政権下にカンボジアに戻り、捕らえられ、処刑された元留学生の段ボール箱9箱分の遺品が出てきたのを預かった」というものだった。

偶然なのか、必然なのか。

コリンさんと妻の北村桂子さんは、それからこの青年の生きた証をまとめることを決意。

2年にわたって過去の資料やトゥールスレーン収容所、日本とカンボジア国内のアーカイブをできる限り調べ上げ、この辛く悲しい青年の人生を世に伝えたいと、トゥールスレーン虐殺博物館に展示会を持ち掛けたのだった。

 

その青年の名は、キュー・サクールさん(1945生まれ)享年32歳。

1969年に来日し、日本の支援者のもとで京都の花園学園大学附属高校を受験した。

1971年に同校を卒業し、1971年より関西大学に入学。経済学を学んだ。

1976年に大学を卒業し、同年11月26日に同じ時期に留学していたロー・スレーンさんとともに帰国した。

そして、2週間も経たない12月8日にS21に収容され、1977年1月17日から29日まで拷問を受け、自白書を書かされる。

そして、1977年2月18日に処刑される。

CIAの諜報員であり、日本でプロパガンダを広める活動をしていたというのが「自白書」に書かせた、オンカーが作り上げた筋書きだった。

特別展示室の様子

 

コリンさん、北村さんが調べた資料には、サクールさんの1974年当時のスピーチ原稿がある。

しっかりとした日本語の筆跡。

日本に長く住み、大学生活を送る中でカンボジア人だという意識を持たない自分がいる。

だが、このまま日本に永住することは自分自身にとって無意味に思える、とある。

「なぜなら私はカンボジアに生まれました。私はカンボジア人です。そして日本と比較して、教育面でもずいぶんおくれています。ぼくは、日本で得た知識をなんとかして、立ち遅れたカンボジアの教育に投じたいと思うからです。教育問題は奥深い問題です。だから私は、より日本の教育や社会制度を勉強したいのですが、勉強すればするほど、日本に住みたくなります。こうしたジレンマによく陥ります。大学を出て私は、国に帰るか、または日本で学び続けるか、と悩んでいるのが現在の僕の心境です。…」

 

続けて彼はこう書いている。

「カンボジア人であるから、国民の義務、役目というよりもやっぱり最後には国へ帰らなければなりません。・・・一体何のためにせんそうしたのかいくら考えてもわかりません・・・」

 

キュー・サクールさんの直筆のスピーチ原稿

 

今回、これらの貴重な資料をトゥールスレーン虐殺博物館が、毎年同館が実施している特別展示として採用し、コリンさん、北村さんとともに展示会の準備に取り組んだ。

同館は2009年から2012年まで、JICA草の根技術協力事業「沖縄・カンボジア『平和博物館』協力」事業、更に2012年から2015年まで地域提案型「沖縄・カンボジア『平和文化』創造の博物館づくり協力」で、博物館としてのノウハウを学んできた。

プロジェクトが終わってからも、常設の展示物の維持管理のみならず、毎年独自に企画を立てて特別展示を行っている。

挨拶に立ったコリンさん。

44年前の出会い、そして2年前の写真を見た時の衝撃を語った。

隣に立つ北村さんが涙を浮かべる。

北村さん自身はサクールさんとの面識はない。

だが2年間、資料に向き合いながらサクールさんとずっと対話をしてきたのが彼女だったのだ。

そして偶然にも、サクールさんの甥と従弟がこの展示会に導かれた。

マイクを手にした甥は「言葉にならない」と声を震わせた。

会場からすすり泣きの声が聞こえる。

思いを語るコリンさん

 

静かな僧侶の読経から始まった式典。

激動の時代の波にのまれ、絶たれた命。

おりしもカンボジアの盂蘭盆「プチュンバン」が間もなくやってくるその日にこの式典が行われたことで、サクールさん、そしてこの地で拷問を受け、処刑された全ての人々、さらに全国各地で当時の被害を受けた方々の魂が癒されますよう。

参加者全員がそんな思いで、その読経を聞いていた。

特別展示は2020年9月9日から数カ月間(期間未定)、トゥールスレーン虐殺博物館のA棟3階特設会場で行われている。

@TuolSlengGenocideMuseum

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